2010/01/30

凡眼

2010.01.29 晴れ

朝、水槽をのぞくと様子がおかしい。泳ぎ方がヘン。2,3日前から気になっていた。感染症の可能性が高い。処置方法を知らないので調べてみる。調べてれば調べるほどもうダメかも。むずかしい。奥様が帰ってきたら落ち込むから気をつけて現状と予測を伝えなければ。

O先生のサイト制作。情報の設計に手こずる。悩む。古いコンテンツから新しいコンテンツへ変更する。アクセスログをもとに現在のサイト構造と導線の問題点を抽出したので、それを参照しながらの制作。うむ。

16:00前に出発。途中、大阪駅で下車して FileMaker Pro 10 Advanced [to Amazon] を購入。データベース作成。初めてのチャレンジ。もともと自分の業務でデータベースを使いたかった。歯科医院の診療データベース作成にもよい。あと、Mac mini Serverを使った予約管理システム(というほどではない)のアイデアが思いついたので下調べ。自分のアイデアの実現性を吟味しなくちゃいけない。まだ不確定要素が多い。ひょっとすると、Apple Storeで相談したほうがよいかも。複数台のiPadを使ってやるので、上手くいけばAppleも活用事例として営業できると期待。

19:00からM先生のミーティング。H氏とS氏の意見が参考になった。両人の視点は気づきを与えてくれる。自分もと奮い立たせてくれる。ますます楽しみ。空間の設定が変化するとアイデアが生まれる。もともと持っていた能力が爆発した。本人の力であり、すごいと思った。まだまだ未知の発想があるようだ。20:30前終了。M先生と食事へ。美味。大いに盛り上がる。M先生が上顎なら自分は下顎か。噛み合わせを察して話す醍醐味。M先生の現場は自分の日常からかけ離れている。でも、やがて時間がかけ離れた空間を自分のもとへ呼び寄せる。それを想像しながら聴く。自分の凡眼に気づく。

iPad関連のエントリーの中に出版業界の構造を批判する意見がある。電子書籍への期待の裏返しかもしれない。それらの意見はおもしろい。戦略と戦術が仕訳されている意見は鋭いし、たくさんの気づきがある。ただ、電子書籍関係のテーマの比率が高いように思う。あの大きさを利用するシーンは何だろうと今考えている。Wi-Fiが搭載されたホワイトボードとiPadでアドホックできれば会議で使えるし、マインドマップやチャートを書いて、それがホワイトボードへタイムラグゼロで反映されたらよいな。動作速度がネックだろうけど、タブレット型PCとは異なった用途をアプリで実現できるのじゃないかなぁ。

2010/01/29

刷新

2010.01.28 雨のち曇り

朝から雨。 植木に水をやらなくてよいのでありがたい。洗濯したかったのでザンネン。パンをトーストしてお湯を沸かして、その間に結露を取って.....とか、ひとりの朝は遽しい。風呂を洗って少しだけ掃除して一息ついて仕事。

M社のサイトをメンテナンスするのでFTPを叩いたら接続しない。おかしいので調べてみると、サーバの障害らしい。海外から大規模な攻撃を受けてダウンした模様。状況はプレスリリースで報告されているので読んだけれど、なんだか納得いかない。ダウンかよ、って感じ。ちょうどM社から連絡があったので状況を伝えた。あとはM先生のサイトをメンテ。もう少しコードを変更したい。午後からO先生のサイト制作。

正午に宅急便が届いた。すごく大きな箱を抱えたクロネコヤマトさんがドアの前にいて、身に覚えがないので怪しんだので、伝票を見たらパナソニック電工(旧松下電工)、リコールのホットカーペットだった。は、早っ。10年前に購入した松下電工のホットカーペットが発煙事故でリコールすると01/26に発表があった。すぐにサイトから申し込んだ。10日ほどかかるとサイトは表示したのでそのつもりでいたのでビックリ。中身は新品のホットカーペットとクロネコヤマトの伝票。文書を読むと、リコールのホットカーペットを梱包して返送してくださいとのこと。

深夜、iPadが発表された。ネットの反応はiPhoneが登場した時の衝撃ほどではなかった。ユーザの意見は使う使わないの二分。日本のユーザはどうだろう? デカイiPhoneはイヤという意見が過半数を超えそうか。自分は一目見て気に入った。Appleの思想が設計された製品と感じた。ただし、思想の表現と使い勝手は比例しない、と思う。先進的で独善的なUIとlooksがユーザから受け入れられるか楽しみ。自分は使ってみたいと思う。kindleと棲み分けられるという意見もあるようだけど、kindleを買いたかったところなので、どうせならiPadにしてしまうかも。にしても、発音しづらい製品名。

新機軸を出す製品は生活を一変させる。そのデザインは必然を持っていると思う。iPhoneのタッチパネルのように。頑なにBluetoothのキーボード接続を拒み続けている。ユーザがタブレット型のMacBookを待ち望んでいたのに、発表されたのはiPhone OSを搭載したガジェットだった。iPhoneとNetBookの中間であるiPad。実物を見ておらず、写真だけの推測だけど、サイズと黒縁は必然なのだろう。持ってみてはじめて実感できるデザイン。

iPhoneにアプリのストアがあるように、iPadもiBooksがある。製品とプラットフォームを用意するマーケティングは今後も続くし、これで、スマートフォンと電子書籍、そして音楽の流通は用意できた。あとは、動画となんだろう? まぁ、2010-2020の間に流通は一変するだろう。

『UNIXという考え方―その設計思想と哲学』[to Amazon] を購入。週末ゆっくり読みたい。iTunes Storeで O'Reilly は電子書籍を600円で販売している。紙だと3,000~5,000程度の書籍だ。英語を知らなくてもMacやHTML関係なら何とか理解できる(文章は理解できなくても手順を理解できる)。すごい世の中。自分の場合、Mac OS X Server関係は海外の掲示板を利用している。日本よりも情報量が圧倒的に多い。トラブルが起きた時やアイデアを試したくなると、掲示板やフォーラムへアクセスする。あるいは検索する。すると、自分が躓いたり考える程度のレベルはほとんど解決できる。

これからネットの仕事をする10代の方々は英語を会得すれば、学習コストは激減すると思う。日本の紙媒体を買うより、電子書籍で勉強できる。スペースもいらない。iPhoneかiPadがあればそれが参考書になる。集約でき、管理もカンタンで検索できる。ほんとうにステキだ。

あ、うんって云っても一致していません

カフェデュモンド

阿吽 万物の初めと終わり。梵字の字母で第一字がア(口を開いて出す音)、最後がウン(口を閉じて出す音)。

『岩波国語辞典』 [to Amazon] P.6

万物には初めと終わりがある、とおっしゃる。ミニマムからマキシマムまで。なのになんで無限と錯覚してまうんやろ。まるで終わりが悪かのよう。終わり、そして初め。流転輪廻。目の前のキャラメルソースのモカを飲み干してしまって、うらめしそうにそれを眺めよる。隣席の美しいヲンナゴをチラっとのぞいた隙に、もう一度カップへ目をやるとまた美味しそうなキャラメルソースとお目にかかれないやろか、と期待してまう。あほか。

初めは有か無か。どちらでありましょう。どちらでもおまへんか。万物の源、究極の初めは、無から誕生したとしたら、そして、それが真であり、誰も反証できない絶対であるとヒトが証明できたら、この世はさぞや楽しかろう。

そやで、無から誕生した有限の生。それが存在するだけでめっさおもろいわ。嗚呼。

2010/01/28

篦棒

2010.01.27 晴れ

朝、窓際に置いてある水槽をのぞき込み、窓を開けて光を入れる。途端に動きが慌ただしくなる。エサだ! ともう認識できるようなったみたい。水面へ浮上してくる。すごい。認知のプロセスを知りたくなる。奥様が家にいないのでむさ苦しくならないよう注意。

起きてすぐに一仕事して京都へ。F社のH氏と打ち合わせ。2時間ほど。ひとつアイデアを披露できてよかった。採用してもらえそう。仕事の環境は人の言動へ影響を与える。自分が立つ世界が基準である。これはしょうがないと思う。自分も影響を受けているし、ネットが基準であることが多い。そのため、しばし、ズレを自覚して基準を微修正している。これはクライアントも同じだ。

士業とのお付き合いが多い。だから士業の方々は環境から強い影響を受けている、と自分は観察している。悪い意味ではない。法律の制約もあるだろう。一つ共通点がある。それは思考がプロダクトアウトである点。厳密にはプロダクトアウトではない。士業である時点で、商品が固定されている。専門のフレームをはずさずに高度な専門業務を提供したい、という思いが強い。

13:00前に帰宅。O先生のサイト制作。合間にF先生の院内LANを再検討。メンテナンスフリーは無理であっても、最小限にできないか。自分が関与できなくなった後でも継続できるシステム。シンプルで柔軟、障害への耐性。データ保護、データ復旧が最優先。

自分の仕事場のLANは Supemicro X5DA8(OS: FreeBSD)へSATA HDD 1TB×2を差し込んでNFSサーバにしようと検討。技術の勉強を兼ねるのであれば、1TB×3のSoftware RAID5にしてもよいな。メインサーバは Apple StoreのMac mini Server を購入したいところ。購入できる頃には10.7のサーバ版が発売されているでしょう、たぶん。

M先生のミーティングで読書会をやると決まったので、その課題本を読了。読了といっても、所要時間を云えば、読書会で想定した、読んだ、ではないだろう。ビジネス本は読むより調べるが近い。最近のビジネス本の中には太字や線が引いてある。あれはまったく理解できない。ポイントを伝えたい、という親切からやっているかもしれない。だとしたらかなり上から目線の親切である。何よりすごい読みづらい。ぜひやめてほしい。

2010/01/27

転換

2011.01.26 曇りのち晴れ

ヒトが発言するとき、ヒトの属性が内容へ権威を与える。ヒトはそれらの発言が仮説から真実へ昇格したような印象を受ける。印象を排除したいので前提の問題を疑う。問題の領域が専門的ならば、時間と知識と枠組が求められる。高度な専門分野であれば、専門家ですらしばしば騙される。そういった分野が日常分野へ影響を与える機会はまれ(実は与えているかもしれないけれど気づかない)なので、関与しなくてよい。

問題が日常生活へ影響を与えるならやっかい。問題の設定が妥当であると検証したくても手つかずのままや途中であきらめる。そんな状況を打開しようと親切なヒトが登場する。親切なヒトの発言はわかりやすい。発言というより解説。解説は問題より解答を重視する。解答はデフォルメされる。デフォルメとは、日常会話のコトバへ変換され、変換された内容がさらに編集されることである。編集内容がわかりやすく賛同する人口が一定数へ達すると神話が誕生する。

09年の外食売上高が6年ぶりマイナスになった、と報じる記事を読んで、思い浮かんだ。外食売上高と問題設定がつながった。どうしてリンクしたかわからない。今日、購入した 『Newton ( ニュートン ) 2010年 02月号 [雑誌]』 ニュートンプレス [to Amazon] を読んでも脳科学をまったく理解できない。万が一、一つ一つの単語を知っていても、それがつながって文章になり、文脈へ発展させたら、何を書いてあるのかフレーム化できない。なのに『ミラーニューロンの発見―「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 (ハヤカワ新書juice)』 マルコ イアコボーニ [to Amazon] の概要を多少理解できる。おかしい。自分の理解を疑う。問題を疑う。専門家はミラーニューロンをブログで説明してくださる。眉唾である可能性が高い、かもしれない、なんて新しいフェーズが自分の前へ現れる。

近くのイオンの外食店舗はかなり深刻。昨年の12月から3店舗が閉店した。1店舗は予想していたけれど、あとの2店舗は意外だった。残りは4店舗。うち2店舗はイオンの系列。イオンの担当者も頭を抱えていらっしゃるだろう。この事態と記事を読んだとき、自分は納得した。あっ、でも、その納得は妥当か、やっぱり疑わないと。閉店の中にイオン特有の要素が含まれているかもしれない。

今日、京都で書店とSofmapへ立ち寄った。書店は京都駅付近で一番大きな書店(のはず)。共通点があった。人がいない。ヒトはいる。人がいないお店はAmazonで充分だと思う。結局、Amazonで購入できる『プロクリエイターの作例に学ぶ XHTML+CSS達人テクニック (Web Designing BOOKS)』 Cameron Adams, Mark Boulton, Andy Clarke, Simon Collison, Jeff Croft, Derek Featherstone, Ian Lloyd, Ethan Marcotte, Dan Rubin, Rob Weychert [to Amazon]『双調平家物語〈10〉平治の巻2 平家の巻 (中公文庫)』 橋本 治 [to Amazon] と先の一冊を購入した。自分は一体何をやっているのだろうと情けなかった。もっと時間を大事にしないと。店舗に人がいると期待しすぎているのかもしれない。もう少し期待の程度を下げたほうがよいのだろう。

2010/01/26

夢中

2010.01.25 晴れ

朝起きるとすぐ机へ。週末の作業で行き詰まっていたところ、解けそうなひらめきがあったので。今回のO先生のサイトリニューアルはかなり夢中。今までの自分のスキルを超えた制作(といっても熟練者には初歩だろう)なので、沢山の問題が。それをひとつひとつ解決していくステップがおもしろい。IA , UI, Design, そしてContents.....。

書籍を調べ海外のサイトを読んで、tipsを取り入れたり。こうやって独学している時が一番楽しいかもしれない。会計事務所に勤めていたヒトがサイトを制作している点を奥様はおもしろがっている。独学の限界(とは思わないけれど)、基本の技術や美術系の知識を体得していない点はキャッチアップしづらいけれど、それを何の技能で補完するか。

奥様は朝からカレーやぶり大根を忙しいそうに作っていた。明日から家を空けるので用意してくれたみたい。ありがたい。感謝。

朝から夜まで座りっぱなし。それでも自分が想定していた段階まで進めず。残念。書籍を読み返す。試行錯誤。

夜、自分のWPの設計を思案。今のブログをストップするか、継続するかも含めて。表も裏も定期購読している方は少ないと思うので、その辺は考慮に入れず、どうしようか。6年ほど続けてきたけれど、今度は、もっと続けていきたいし、廃業してもそのまま使えるようなCMSにしたいので、コンテンツやデザイン、運用も含めて思案。

『SONY FM/AM/ラジオNIKKEIポータブルラジオ ICF-EX5MK2』 ソニー [to Amazon] が欲しいなぁと思う今日この頃。物欲へ昇華されていないのでポチしないけれど。ラジオがとてもおもしろいので、できれば感度と選択度が高い機種が欲しくなってきた。質感なら『チボリオーディオ モデル1 クラシックウォールナット/ベージュ』 シャディ [to Amazon] で、これはずっと前から欲しい。自分はモノを買う時、「悩みが価格なら買っておけ」という風変わりな基準があるので、価格が悩みじゃない。むしろ、機能、というか、自分の耳が品質とマッチしないし、目利きもできそうにないかもしれないなんて。マニアは Model One の部品や音質を詳しく説明してくださっている。ほんと、すごい世の中になった。

2010/01/23

明敏

2010.01.22 晴れ

夢を見たけれど覚えていない。夢は五感を欲しているか知らないけれど、触覚は奇妙な感触を残した。水槽の水温は12℃。部屋の温度はエアコンの教えて君によると14℃らしい。信用していないが。FMはおもしろいけれど、AMを聴ければ楽しみが増えるかもしれない。専らラジオ生活。

朝から自宅のMac mini@Leopard Server 10.5の設定変更に取りかかる。Mac mini@Tiger Serverからモバイルアカウントを移行できるか実験。設定ファイルやディレクトリの構造などターミナルからのぞいて、ネットで調べていると、勉強になった。本当に便利になった。不明な単語をGoogleで検索すれば解決方法が表示される。特にOSやアプリの警告はマイナなエラをのぞけば、ほぼ解決できると思う。Mac OS Xの場合、英語のフォーラムが充実しているから助かる。問題は、問題を発見することだ。

www.thinksell.net でネットは死後を乗り越えられるか、みたいな文章を書き始めたけど、まとめられず苦心。世代、紙か電子書籍かとか、対立概念を超える技術をネットはいつごろ開発するかと楽しみにしている。技術が進歩して環境が整備されれば、自分のブログをKindleに自費出版して残してください、や、写真をFlickrへ残して200年後の人たちも閲覧できるようにしてください、って遺言を残す人たちが現れるだろう。明治時代に撮影した写真、平安時代の書籍が残っているように、ネットが死後と世代と時代を超える環境を用意する。そうなったとき、ヒトとネットの環境は次のフェーズへ移行して、ヒトは進化(生物学的な進化ではなく)と直面できるような予感。

19:00にM先生ミーティングに参加。新人スタッフH氏の視点がすごい。明敏な方だ。気づきを与えてもらい感謝。他者へ気づきを与える視点・着眼・発想は年齢を問わない。関係ない。だからそういう人に出会うとワクワクする。反対に、若者は....という人や若者を知識の量や経験値で判断する人を嫌う。

20:15に終了。帰宅しても一人なので大阪でbarへ立ち寄る。帰りの電車の中、扉の近くで立っていると、隣の若者がiPhoneで文書を打っていた。めちゃくちゃ速い。両手でiPhoneを持ち、iPodで音楽を聴きながら、親指タイピング。見ちゃいけないって思いつつも横目でチラチラ。めっちゃ速いぞ、そのタイピング。これを世代か能力かと大山崎あたりまで考える。結論は後者。自分もチャレンジしてみよう。

2010/01/22

独尊

2010.01.21 雨のち曇り

朝から雨。09:00頃まで薄暗かったので怖かった。朝から『SEOを強化する技術 エンジニアが内側から支えるサイト設計・構築術』 安川 洋, 伊藤 大典 [to Amazon]『IA100 —ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計』 長谷川 敦士 [to Amazon] を読む。O先生のサイト制作へ取り込みたい。『オプティマイジングWebサイト ―SEO・サーバ・クライアントの最適化技術』 Andrew B. King [to Amazon] も欲しいが、これはまたいずれ。

18:00からさる方と会う。自分を含めて4人。現在のサイト制作の継続と今後について。サイト制作継続の要望に対してご期待に添えないとお伝えした。昨年10月クライアントが評価したとおり、自分はサイトの成果を出していない。よって制作を継続させてもらうことはできない。クライアントの評価を自分なりに精査した結果。結果をさらに冷静に分析すると、プライドでありやっかいだなと思った。一番大切であるけれどこれを犠牲にすることも効果的な手段である、とかつて教えられた。身につけたつもりだった。大口だから業績へ打撃を与えると承知しても今回は犠牲にできなかった。

現在のウェブは、グラフィカルデザイン、コーダ、SEOエンジニアリング、ディレクターに分類される。あくまで自分の分類であって、定義はない。正確でもない。プログラマやFlash制作者も分類されるし、もっと細分化されてもよい。

自分は上記の4つをやってきたけれど、いずれもプロのレベルへ達していない。それぞれの専門家の方々の技術とは比較すらできないし、スキルを所有していない。そう評価している。後悔はない。自分が選択したので、4つを組み合わせて対応している。

今回の案件について、自分のビジネスモデルが破綻したと自己評価。一人で4つを組み合わせて対応できなかった。成果を出せなかった。上の4つの分類を説明して自分の意見を開陳したところ、クライアントは理解したが納得していない。推察すると、経営陣が考想するレイヤとオペレーションのレイヤの違いかもしれない。経営陣は事業ドメインや戦略をからめてウェブを相談したい。もし他の業者へ依頼したとき、オペレーションの議論に終始してしまいかねない不安を抱く。

自分の代替はいくらでもいる、優秀な方はいる、そして、チームで解決してくれる組織がある、と自分は説明した。やっぱり上手に云えず、伝わったかどうか感触を得られなかった。その点だけが残念。まだまだプライドが邪魔したのだろう。ほんとうにやっかいだ。

18:00から22:30頃まで議論していて、他人の評価を気にしている点がまだ残っていたことを認識してつらかった。自分ではそれを気にしないよう努力してきたつもりだったのに成果が乏しく情けなかった。

プライド、矜持、唯我独尊。やっかいであり最後の最後までつきあっていかなければならない、"うい"。死と同じ。死んでからでないとわからないの?

2010/01/21

復旧

2010.01.20 晴れ

09:00すぎにF先生から電話。昨日のMac miniの調子がやっぱりおかしいとのこと。絶句。昨日、ハードウェアテスト, 内蔵RAMリセット, セーフモード起動, ディスクユーティリティを実施して、テストはパスしたのに。代替用のMac miniとDVD、道具を持って出発。

11:00すぎに到着。電源オン。ああ、お目にかかりたくないアイコン。刹那、2点の選択肢を脳内リストアップ。開腹してHDDを入れ替えてテストするか、代替用Mac miniでセットアップするか。両方の作業手順を脳内に書き、業務へ与える支障を軽減させる変数を代入して後者を選択。16:00前に終了。

今後の運用設計を考える。中古のMac miniをバックアップに用意するか、あるいは今後必要になるデータベースサーバにバックアップも担わせるか。最適コストとパフォーマンス。C/Sを導入するとメンテナンスは必要不可欠である。LAN型のHDDを導入すればメンテナンスフリーへ近づける。完璧ではないとしても。

データのバックアップとリカバリーの運用は98%の完成度だと評価している。1%はHDDがバックアップ用も含めて同時多発故障する場合、もう1%は不完全性の可能性。2%はつきまとう。むしろ、ハードウェアと実装するソフトウェア、そして、院内LAN全体のシステム、そしてミッションクリティカルへの対処。

19:00前に帰宅。『不道徳教育講座 (角川文庫)』 三島 由紀夫 [to Amazon] を読み終える。当時の文化を垣間見られてとてもおもしろい。散文であっても文体が美しいと感じた。豊富な語彙。文章が伝える映像。語尾への気配り。特に、語尾マニアかと自分を疑いたくなるぐらい語尾の興味を持つのでそう感じた。

2010/01/20

扞格

2010.01.19 晴れ

朝は3℃ぐらいだったか、昼になるにつれ暖かくなった。気温のジェットコースタ。

午前中はMac Bookのシステム変更の準備。Mac Book(MA701J/A)のBootCampを削除するため。MacBookのBootCampにWindows XPをインストールしてとLeopardのデュアルブートを約3年使った。XPの役割は会計とアルバイト、それとIEの検証用。結果、自分はやっぱりデュアルブートを使いこなせいと結論。LinuxとWindowsのデュアルブートもそうだった。1つのハードウェアに2(or3)つのOSをインストールしても、結局、使う時にはいずれかのOSでしか作業しない。それがどうしてもネック。

BootCampのWindos XPの処理速度は速い。仮想環境と異なる。HDDの全領域をBootCampにしてしまえば、見た目はMac、でもOSはWindowsなんてマシンになる。どうしても見た目Macなマシンが欲しくて、でも、仕事はWindowsの人なら魅力的であるが、自分のようにほとんどWindowsを使わないと、BootCampのメリットを享受できなかった。なので、仮想環境へ移行しようと決意。

で、11:00頃、F先生からTEL。Mac miniの不具合。状況を聞いて電話から少し作業してもらっても改善されず。Mac miniは院内LANのサーバ的役割なので、急遽F先生のもとへ。自宅にある代替用のMac miniをカバンに入れで出発(はじめてMac miniモバイル)。14:00過ぎに到着して検証。原因判明。修理。バックアップディスクからデータのリカバリー。約1時間ほどで終了。安堵。

ウェブサイトの役割は何だろう? アクセス増加は必要条件だとしても充分条件でないと思うわけですが、どうも相手は違うと考えているよう、で、仮にその察知が正解に近い、としたら、こちらの対応はいかになんて悩む。サイトの役割が情報提供ならそれでよいわけです。なのに、その質問の答えが、顧客を獲得する、なんて返答されるとたじろいでしまいます。

ログは傾向を明示している。ブログ的な記事は検索のヒットを高めても、それを読むユーザは行動しない。調べ物をしているユーザはありがたい。それらのユーザは調べ物をしているので、自分たちの目的が達成されたら次のサイトへ移動してしまう。導線や情報設計の問題が含まれているので、ブログ的記事を全否定しない。だけど漫然とした量産記事は控えたほうがよい、と自分は注意喚起。記事の数や更新頻度はコンテンツだろうか。

使い古されたストックフレーズなので毎度赤面しますが、コンテンツって? 事業領域って? ユニークって?

2010/01/19

吐息

2010.01.18 晴れ

南側の窓から朝陽が入ってくる。気持ちよい。なのに、自分の家を建てる時は、北側にだけ窓があればよいなと考える。建築の雑誌を眺めていて、「明るい家」と「収納が多い家」に違和感を抱くようになった。 カーテンを開け、多肉植物に日光浴をさせる。水槽の水温は10℃。球根に水をやり春に出会えたらよいなぁと祈る。

午前中、M先生の業績をエクセルで入力。S社とM先生のサイトをまた少しいじる。見た目は変わっていない。午後からF先生のDB構築の調査。FileMaker Pro 10の機能を確認。ProかAdvancedか。書籍に従えば、Advancedが推奨されているらしい。その後、アルバイトを仕上げる。完成、万歳。

夕方から自分のWPの制作。次のデザインを考える。WPを移したい、いや、統合したい。www.thinksell.netとblog.thinksell.netの統合。で、ドメインはthinksell.netを使うか思案中。今度のデザインは長く使えるように設計したい。まぁ、それまで事業が続けばよいですが。今まで書いたテキストに執着はなく、ローカルに保存すれば検索できるので困らない。じゃぁ、心機一転もあり得ますぞ、と想定したり。

文章を書くとき、視点を考えはじめた。小説を書く人たちにはあたりまえなんだろうけれど、今まできちんと考えていなかった。とはいえ、視点とは何ぞやと悩む。悪文であることを気にしない。荘厳で美しい文章を書きたい。書けない。なにせてにをはや語彙を磨こうとしないので上達しない。でもね、ハチャメチャでもニヤリとさせる文章はあるし、そういう文章は語彙と言い回しが豊富であったり、かと思えば、難しい単語一つ使わずに素敵な文章を書く人もいる。要は、発想と着眼を言葉に変換できる能力が高いなぁとうらやましいのです。翻って自分の文章を読むと、発想と着眼が青息吐息です。今だって視点の話が発想と着眼へ脱線。なぜ?

iPhoneのカメラアプリ Hipstamatic がすんごい楽しい。めっさ下手なのにバシャバシャ撮る。銀塩のトイカメラってこんな感じなのでしょうか。GR DIGITALやK10Dとまったく異なる構図が妙。日本制の携帯電話がHipstamaticのような機能を搭載(してる?!)したら、コンデジのメーカはにわかに涙目になるんでは。そんなわけないか。

2010/01/17

肺肝

2010.01.16 曇りのち雪

午前中、S社のページ制作。午後からアルバイト、深夜はS社とM先生のサイトを改善。S社とM先生のサイトは見た目を変えず、ソースを簡素化した。効率化。

2010年はスマートフォン元年と書いてある記事が目につく。iPhoneはスマートフォンに分類されるのか。されるなら自分はスマートフォンユーザになる。で、スマートフォンしか持たない人はバックアップをどうするのだろう、って想像してみたくなる。自分は、Macを使っているから悩まなくてよかった。PCを使っている人は、iTunes(PC版)でバックアップをとると思う。でも、MacもPCも持たない人がiPhoneを持つ場合、どうするのだろう?

自分のiPhoneは何度かハングアップした。一度だけ復元した。ネットを検索すると、復元を経験している方がいる。iPhone単体のユーザは、不具合を抱えた時、リカバリーの方法が復元しか残されていないとしたら、データやアプリはどうなるの?

iPhoneに限らず、Googleの端末やWindows系とかでも、単体所有のユーザは何か別のサービスを申し込むのかな。

deliciousやはてぶにiPHone関連のエントリーがあって、カスタマイズ系は人気がある。バッテリーを長持ちさせる方法やiPhoneの設定を変更するやり方とかが紹介されている。MacやPCも同様、大半の人はデフォルトのまま使うとして、中にはチューニングする人はいる。スマートフォンもそういったネタが重宝がられるんだなぁと妙に納得。

2010/01/16

焦燥

2010.01.15 晴れ

薄暗い朝、目が覚めたら水槽をのぞき込む。日課になった。水温は9℃。もう少し暖かい環境がよいかも。サーモスタッドが必要か。起床時間の30分前、暖房のタイマが作動。起床する頃の部屋は少し暖かい。起きやすい。起きるとスイッチを切る。

10:30までS社のページ制作。M社とメールのやりとり。M先生のアクセスログをチェック。一昨日、設置したログが正常に機能している。M社とM先生のアクセス数は多い。それでも、まだまだ伸ばせそう。

13:00、F先生のミーティングへ参加。15:00終了。19:00、M先生のミーティングへ参加。M先生のミーティングをじっくり観察。合間に意見を述べる。8月頃から金曜日のミーティングへ参加して変化の感触を掴んでいる。まだ自分の役割を発見できておらず、戸惑ったり、焦ったりする。昨年末、怒りが爆発した。キレた。大人げない。自分の焦燥感を他者へ転嫁して八つ当たり。37歳になっても自分をコントロールできず知性に欠ける。情けない。20:00すぎ終了。大阪で偶然と出逢い、帰宅。

『アメリカの保守とリベラル』佐々木毅 [to Amazon] , 『民俗学の旅』宮本常一 [to Amazon] , 『不道徳教育講座』三島由紀夫 [to Amazon] を購入。ようやくアメリカの保守とリベラルを手に入れられた。楽しみ。

構築と運用。両方は密接に絡み合っている。ウェブサイトを制作する時、いつも悩む。運用を想定して構築を設計する。そして運用が始まると、イレギュラが発生して稚拙な構築が露呈する。イレギュラを検証するとそれらは事前に想定できた内容であることが多い。つまり自分の想定する範囲が狭い、想像力が乏しいと自覚する瞬間。

ただし、この瞬間が訪れる機会は制作したサイト数と一致しない。構築しても運用するとは限らない。理由は様々。運用しないのか、できないのか、あるいは構築が目的だったか。最も可能性が高い理由は構築が不味かったからだろう。

構築と運用。両者は密接に絡み合っている。ただし、コミットメントする人たちが密接に絡み合っているわけではない。

2010/01/15

儀式

2010.01.14 晴れ

目覚めた時の自分の姿を認識して驚いた。一体、寝ながら何をしたかったのだろう。掛け布団の上部は頭上を越えて敷き布団からはみ出ていた。その分、足元は布団がかかっておらず極寒状態。 足は足で必死に温まろうと膝をおりまげて布団の中へ潜り込もうとする。膝を抱えて天井を向いて寝ていた。

午前中、S社, M社, M先生のページ制作。午後、アルバイトの資料が到着したので着手。夕方からS社のページ制作。夜、アルバイト。なんだか慌ただしい一日。ただ、こういった手を動かせば結果を確認できるタスクは日記にも書きやすい。問題は、手を動かさないタスク、常に頭の中でとどまっているタスクがやっかい。

F先生の合宿に向けたファシリテーションがそれにあたる。Wikiを見ながら前回のミーティングを振り返り、iPhotoからミーティングで撮影したホワイトボードを確認。それらをインプットして合宿で何をするか考える。今年度のプロジェクト達成へ何をしなければならないか、そして何を削らなければならないか、さらに何を効率化すべきで何を共有化して何を個人の裁量にまかせるか。すべて何をである。どのようには現場から生まれる。問題設定に時間を割く。何をと何故は実践の準備。いわばレシビのよう。こういったタスクはまとまった時間を確保して紙に書いたりマインドマップしてもよいけれど、自分の場合、常に頭の片隅に置いといて、ぼぉっとしている時やニュートラルの時にアイデアが浮かぶ。

何をと何故、といえば儀式が思い浮かぶ。何かの儀式を経験したとき、存在理由を知りたい機会が増えた。10代, 20代なら面倒の一言で片付けてしまい、儀式の記憶を二度と開けない引き出しへ乱暴へしまいこみ、起源や制度へ関心を持たなかった。儀式は形骸化している行動様式も多く、確かに面倒だ。だけど、それらが続いてた背景はあるだろうし、合理的や論理的から一線を画する、と観察している。

制度も似ている。制度を壊そうとすれば、簡単に壊せる制度はあるはずなのにしぶとく残っている制度がある。壊すこと自体がめんどくさいのかもしれない。それにしては、誰も長い間手をつけなかったなぁと感心したり。

儀式や制度はなんだかよくわからないへんてこりんなシロモノということを理解できるようになってきた。自分一人だけならカンタンにやめてしまえるけれど、相手がいる場合、やめるとなるとエネルギーを使う。それなら積極的に参画して形を改良して引き継げないかと考えると、やっぱり起源や理由が気になり出して堂々巡り。加齢っておもしろい。

2010/01/14

維新

2010.01.13 曇り時々晴れまたは雪

欧州とアメリカへ混乱を招いた大寒波が日本へやってきた。そんな世界を巻き込んだ怪物も、よせばよいのに自分の部屋へ押し寄せてくる。寒い。寒すぎる。部屋着のズボンを2枚穿いて、上着を3枚着ても寒い。早朝は強烈。

午前中、F社のアクセスログを解析して、リポートを仕上げる。午後からM先生のサイトへアクセスログを設置。検索キーワードと順位のギャップやユーザの動向を探る。

Windows95を起点とするなら、登場して15年。ネットはインフラになりつつあるけど、まだ、充分ではない。フランスの憲法評議会はネット接続を基本的人権であると定めた。充分でない理由は技術・資金・抵抗と自分は観察する。公共機関の手続きは便利になった。でも、職安や市役所で待たなければならないし、壁へ目をやると、不正受給の注意の貼り紙。意味がわからない。国民にユニークの番号を付与して、所得を捕捉してしまえば、不正受給はなくなるし、行政手続を簡素化できる。何よりも足を運ばなくてよい。行政は時間の価値をもっとまじめに計測したほうがよいと思う。

「インターネットは情報や金、モノの流れを根本的に変える革命である。政治家はインターネットという怪物を理解していない。明治維新以上のインパクトがある」と楽天の三木谷氏はおっしゃられたそうだ。そのとおりだ。ただ、政治家は怪物を理解している。抵抗がある。旧態依然のシステムを使いたい人々は逃げ切りたいし、逃げ切った後のことは知ったことではない。日本の翼のOBがわずか1日、2日で年金削減の案へ同意した思考回路をそのままネットの革命へ適応できる。あれは日本の縮図。

行政機関の手続を簡素化するために膨大な資金が必要であるけれど、資金はない。誰もが認識できるインフラへ投資できても、誰もが認識できないインフラへ投資できない。インフラを享受するリテラシーを検討しようとすると、差別と騒ぎ立てる集団が現れる。郵便局の口座数が約五億六千四百万もある本邦の人々は自分の所得を捕捉されたくないから抵抗するだろう。プライバシー。

それでも、自分を高効率で運用しようと頑張る人々はネットにたくさんいて、結果、時間を生み出し、その時間を無駄に費やす。その無駄がステキだとほんとうに思う。自分はそうだ。何のために自分の身の回りを削るかと云えば、無駄をやりたいからと即答する。そもそも自分の存在自体が無駄である。

技術が向上すれば、自宅で観光できるようになるし、そうなれば、移動エネルギーは減少するだろう。21世紀はエネルギー問題を解決する技術を求める。他方、21世紀は、移動問題を解決する抽象概念を求める。その時、ネットの維新は完了し、ネットは次のフェーズへ向かうと思う。

船を漕いでますが、何か?

たこ焼き

相槌 『ーを打つ』人の話を聞きながら、同意・同感のしるしにうなずく。人の話に調子を合わせる。

『岩波国語辞典』 西尾 実 [to Amazon] P.5

槌を打つタイミング、ドキドキ、ズキズキ、いや、聞いてますよ、ほんま、せやけどですね、いつ打てばよいのか悩むのです。ほんま。さらにさらに口から飛び出す感嘆詞が一本調子だったら、この人は自分の話をちゃんと聞いているのだろうか、なんて訝られやしないかと尻がムズムズ。実は語彙が貧しいだけなのです我。かといって、あらんかぎり、ほー、へー、ああ、なるほど、ほいでほいで、そうでっか、あー、って相槌を打ちまくると、この人は調子のよい人(=いい加減な人)と怪しまれないかと足の裏がムズムズ。

ある会場の壇上で誰かがしゃべっている。前の人、右横の人、左横の人、後ろの人、みんな相槌を打っている。みんなしっかりと聞いてるやんってビックリして、自分もウンウンって赤べこやりますと、あらら、変なところで頷いてしもうた。おや、壇上の人が沈黙してはるのに、前の人、右横の人、左横の人、後ろの人が相槌を打っている。そうか、読心術か。すごいわ。読心術を身につけた人の共通点は躰がやや沈み加減で、右か左へわずかに偏りま。

それを故人曰く、船を漕ぐというそうで。なるほど。絶妙な相槌は天賦の聞き上手なり。

2010/01/13

歯歯

2010.01.12 曇り時々雨

年末から腰・背中・肩・首の痛みが右肩上がり。ゴリゴリ。目が覚めると、脳髄がうっかりしてたとあわてて痛覚の信号を送信。肩と背中の痛みが起動。たまにはセーフモードで起動してほしいと願う。

午前中、M先生の利益管理表を制作。昨日からとりかかっていた。日数、のべ日数、新患、再来などの数値から回転数や1枚あたりなどの指標を算出するシートをExcelで制作。今ならレセコンで出力される(はず)。とはいえ、データを加工して情報へ変換するために必要。データを収集する行為は大切であって、ただ、いくらデータを収集しても、それを情報へ変換できなければデータはデータ以上の意味を持たない。

Excelなんて使わないので、四苦八苦しながらようやく午前中で完成。泣きそう。みんなこんな高度なソフトを使っていると思うと背筋が寒くなった。きっと部屋の温度が低かったのだろう。

『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』 川上 未映子 がとてもおもしろい。自分は小説を読むけれど、どちらかといえば、エッセイやコラムを好んで読む。だから、お気に入りの作家がエッセイやコラムを出版すれば、そちらを優先する。作家によっては、小説を読まない。小説を読むとき、作家が思考や感情を作品へ投影している、と想定して読む、って見聞したことがある。自分の場合、そんなふうに想定して小説を読まない。テキストをイメージへ脳内変換して文体を楽しむぐらい。なので、イメージへ展開しにくい文体や物語は苦手。

川上未映子さんのブログに瀬戸内寂聴さんとの対談が紹介されていた。87歳。虫歯知らずとの由。すべて自分の歯。歯、歯。そう、あらゆる根幹にとって歯は大事なのだ。歯は命である。その歯を失えば、命を失うことであるのか、といえばそうではないけれど、歯を失った後、喪失感と希望、そして新たな根幹を獲得する姿勢。それをそばで支えるのは誰か。

2010/01/12

あっ、お愛想お願いします

石亭

愛想 にこやかで人づきあいのよいこと。→意図した物腰の場合を言うようになって来た。

『岩波国語辞典』 西尾 実 P.4

愛想の意味合いがちょっと変わってきたんとちゃう? 顔立ちや性向が備わった様態を評価するとっから、対人関係の人為的要素を評価してはる感じ。転じて、無理をしているんとちゃう、とか媚びてるわぁ、みたいなニュアンスが言外に含まれているような。

愛想といえば、勘定が知られる話。「あっ、お愛想お願いします」の愛想はお客がゆうんやなくてお店がゆう言葉。関西では、「勘定書を見ると愛想尽かしをする」からという意味で、要は、「この店には愛想が尽きたから精算してくれ」でおま。

お店は、「おーい、お客さん、お愛想」で、お客は、「あっ、勘定」であるはずが、あべこべになっている点、おもろい。

近頃、もう愛想が尽きたわ、なんて、腹を抱えて笑うぐらい恥ずかしい表現やし使ってへんけど、心の中でしょっちゅうつぶやいている。そんな自分に愛想が尽きたとは言えません。

閉店

2010.01.11 曇り時々晴れ

「くいけ」。「くいけってどんな食べ物ですか?」「おお、ちょうど今くいけを食べようと思っていたところだよ」「そうですか。もしよろしければ拝見していいですか?」「いいよ。こっちおいで」「はい。じゃぁ」「これがくいけだよ」

と言ってオジサンが差し出したところで目が覚めた。見知らぬ島で見知らぬ人々へ「くいけ」を聞いて回る夢を見た。見知らぬ老婆が「くいけ」を探してこいと自分へ依頼して始まった夢。聞いて回った人の顔を知らない。初めて見る顔。なのにどうして「顔」があるのか。老婆、男性、徘徊。断末魔。

O先生のサイト制作とサーバのメンテ。合間に書店で 『岩波国語辞典』 西尾 実 , 『子供の科学 2010年 02月号 [雑誌]』 誠文堂新光社 , 『チクタク食卓〈下〉』 高山 なおみ , 『フォークの歯はなぜ四本になったか 実用品の進化論 (平凡社ライブラリー)』 ヘンリー・ペトロスキー を購入。

『フォークの歯はなぜ四本になったか 実用品の進化論』 は復刊.comでも投票されていたはずじゃないかな。ようやく復刊した。Amazonでは中古の単行本が15,000円で販売されている。モノづくりの名著中の名著(らしい)。楽しみ。帰宅後、ひたすら読書。

近所のクレープ屋さんが閉店した。10年間お世話になった。昨年の9月、京都の雑貨屋さんが閉店。一昨年に出会い足を運んだ。浜大津のホットケーキ屋さんが閉店したみたい。こうも続くと虫の知らせじゃないと恐る恐るキーボードであの店、この店、あれもこれもと入力。サイトには閉店しましたのお知らせがちらほら。昨年の秋頃から閉店が増えたような印象。自分のお気に入りのお店が次々と店を畳んでいるから目についてしまう。

昨年の12月、広島で立ち寄った雑貨屋さん。ステキ。キュッ、ギシッって床がきしむ小さなお店は作家さん達の作品でいっぱい。作品は作家の意志を表現して、それの集合体はお店を表現。5,6人も入ればすれ違えないようなお店、全部の作品を見てないなぁと後から気づく、意志と表現がおしくらまんじゅうしていた。

2010/01/10

不満

2010.01.09 晴れ

朝、雪がちらついていた。 つかの間の雪。06:30頃に目が覚めた。外は薄暗く、FMを聴きながら朝ごはんの準備。静かで穏やか。いつもと違うリズムがよいなと思い、風呂掃除。

正午過ぎまでデスクワーク。O先生のサイト制作。13:00前の新快速に乗って標語へ。O先生とミーティング。現在制作中のページを一通りご覧いただいた。芳しくない感触。言葉を選びながら回答してくださったが、表情からそれを伺える。何が不満かを聞く態勢へ。いろいろ伺ってギャップを掴めてきた。

20:00前に帰宅。滋賀県は寒い。

AdobeのPhotoshop, illustrator, Fireworksのシステムを一新しようかと思案。それにしてもアカデミック版は安い。『学生・教職員個人版 Adobe Creative Suite 4 Web Premium 日本語版 Macintosh版』 アドビシステムズ  , 羨ましいなぁ。

価格といえば、詰め替え用の商品で理解できない点がひとつ。洗剤やシャンプーなどの商品は、どうして詰め替え用の方が高いのでしょう?

2010/01/09

夜でもおはよう

揚げもみじ饅頭

挨拶 「挨」は推す、「拶」は迫る意。もと、禅問答におけるやりとりを指した。人と出会った時や別れる時に、社交的・儀礼的な(動作を伴った)言葉を交わすこと。また。その言葉。

『新明解国語辞典 第6版 並版』 山田 忠雄 [to Amazon] (3)

挨拶をきちんとできないと他人は目をそばめる。ならきちんとした挨拶って。おまへん。周りと融合してゆく課程で躰が察知して言語化したんやろうなぁと思います。せやから挨拶を使い分ける人がおれば、誰にでも同じ挨拶をする人もおる。テンション高ッ!の人や低ッ! 45度やん!

そら、おはようやこんばんははちゃんと挨拶できても、葬儀できちんと挨拶できるかというと、さらりとこなせん。このたびはご愁傷様でなんてフレーズは日常で使い慣れていないから声の抑制を調整してテンションを手探り。相手が喪中と知らず、明けましておめでとうございます、と言って、相手がもし明けましておめでとうございますって返せへんかったらどんな風に受け止めるやろ、とか想像してしまうねん。

おはようといえば、おはよう、の語源は「おはやく」の音便であり、お早くから○○ですねと使われていた。おもろい。おはようは同輩以下へしばしば使い、目上の人におはようと言わない。はようございます、です。なら、こんにちはとこんばんははこんにちわですとこんばんはです、とゆわへん。あら。こんにちはこんにちわでないし、こんばんははこんばんわでもない。なのに「わ」を使う人もおる。あら。

おはようございますは、芸能・放送の世界では夜昼問わず、その日はじめて会ったときの挨拶として使われるらしいけれど、その慣習が他の業界でもあてはまるん?

2010/01/08

階層

2010.01.08 晴れ時々雪

早朝からJRの駅がさかんにアナウンスしていた。その音で目が覚めた。雪で列車が遅れているのかもしれない。今年の予報ははずれたと気象庁が認めている。暖冬であったはずなのに平成18年豪雪以来の豪雪になるかもしれないらしい。北極の気象は現代の技術でも予想しづらいとか。ただ、来週あたりから若干暖かくなるらしいがそれも予断を許さない。注意。

朝からO先生のサイト制作。iPhoneで録音した昨年のミーティングを聞き直す。合計10時間ほどの中から『IA100 —ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計』 長谷川 敦士 [to Amazon] を構築。今回のテーマはエンド。それも世界一流のエンドをさらりと伝える。とても難しい。

17:00前に出発。19:00からM先生のミーティングへ参加。スタッフS氏の進行がとてもよかった。新人H氏の意見もするどい。あと半年から1年ぐらいで、ユニークなミーティングを構築できるような予感。もちろん外部の自分からするとミーティングの定義が異なり、違和感を覚える点もある。それは、いずれ伝えなければならない。21:40頃帰宅。やっぱり大阪より滋賀は寒い。

内田樹先生の そんなことを訊かれても を読んで自分も「「正解」を教えてくれる人の到来を待ち望んでいる「受け身」の人たちは下層に吹き寄せられる。」 側だと認識した。フリーランスになって6年目。なんとか持ちこたえてきたけれど、昨年の業績を振り返ると危機感を通り越したと思う。戦略の中で何が大切か? という問いに対して最も優れた回答は出口あるいは撤退であると考える。

強がりを言ったり弱腰になっているのではなく、冷静に分析した結果だ。必要とする人々がいる。感謝。そのために継続しなければならない。それが前提。他方、継続できないかもしれない現実もある。両者を見極めなければならない。

『東京ファイティングキッズ・リターン―悪い兄たちが帰ってきた (文春文庫)』 内田 樹, 平川 克美 [to Amazon]『ひとかげ (幻冬舎文庫)』 よしもと ばなな [to Amazon] を購入。『脳科学の真実--脳研究者は何を考えているか (河出ブックス)』 坂井 克之 [to Amazon] は見あたらず。日本神経科学学会が警鐘する神経神話について知りたかったので探していたのでザンネン。Amazonでも2-5週間以内に発送なので手に入らないということ。

遅速

2010.01.07 曇りのち雪

頭が寒くて目が覚めた。年が明けてから三日連続で夢を見た。どれも変な夢。昔の知り合いがたくさん出てきた。知り合いの顔は当時のままで自分の容姿は現在だからアンバランス。いずれも追い立てられたり罵詈雑言を浴びせられたり、気分のよい夢ではなかった。ザンネン。

終日寒かった。エアコンのおしえてによると部屋の温度は14℃らしいけど、もっと寒いと感じた。エアコンをつけると乾燥するから厚着と湯たんぽでやり過ごす。寒い。

朝はM社のサイトを微修正してからO先生のサイト制作。来週にでもM先生のWPをバージョンアップしよう。不具合の報告はないみたいだし。奥様が家にいると落ち着かないので仕事の進捗が少し遅れ美味。この生活パターンに慣れなければ。

昔から仕事が遅いか速いかに関心を持っていない。自分の仕事を遅速の観点から自己評価してこなかった。ただ、宵越しの銭は持たぬならぬ、宵越しの仕事は持たぬつもりでやってきたように思う。できるだけ手帳が白くなるように心がけた。といってもなかなか実現できないけれど。

携帯電話とネットとメールがインフラになって、遅速の概念や定義が変わってきたと感じる。急がなくてもよいタスクが急かされ、反対に急がなければならないタスクが遅くなったりするような現象が生じてないだろうか。といっても先のメディアとツールがインフラになっても鈍感であれば関係ない話であって。鈍感も才能。まぁ、待つことが苦になったのに待たせることは苦にならないのと似ている気もする。上手な弁解と下手な説明。天才的な正直者と鈍才の詐欺師。なんかてれこで思いつく。

2010/01/07

表の口を合わせて裏の口を合わせる

プリュスのクリスマスケーキ

合口 話などがよくあうこと(間柄)

『新明解国語辞典 第6版 並版』 山田 忠雄 [to Amazon] (3)

複数の意味がある。匕首とも書く。鍔のない懐中用の短剣。確かに話がよくあう人はおる。話のテーマが合う人もおれば話の中身を知らなくても話が合う人もおる。話の中身を知らないのにどうして話が合うのか30度ぐらい頭は傾くけれど。その場合、話が合うではなく馬が合うと云った方がええかも。

合と口が合体して話などがよくあうことなら、この場合の口は表とちゃうやろかって仮定してみる。であるならばやな、裏の口は口裏を合わせるになりまんでと穿ったり。辞書を引くと間違っているのは一目瞭然ですが。

合は奥深く口は奥ゆかしい。合口ってアイコンみたい。

因循

2010.01.06 晴れ

昨日と同じく朝はあまり寒くない。パジャマを脱ぐとブルっが一回ですんだ。昼前から寒くなってきた。ラジオは長浜の柳ケ瀬が積雪が2mと放送。2mか。余呉は雪深い地域と聞くからほんとうなのだろう。近年の天候の感覚とズレているようでにわかに想像できない。

今日もO先生のサイト制作。リニューアルとはいえ、旧コンテンツを引き継がないし、HTMLは全部書き直すから新規と同じ。おもしろい。

amazonで大型家電を買ったことないので知らなかったけど、商品によっては量販店より安いらしい。ただ保証制度がないからのちのち困るかもしれない。ネットで買い物ができるようになって、因循姑息のやり方が通用しなくなった商品もあると思う。商品というか手法かな。たとえば地方で高く販売して都心で激安。

因循姑息と伝統は紙一重だとしばし感じる。伝統といえば聞こえはよいが、起源と精神を引継ぎしないで、様式のごく表面を実行して、さも崇高であると見せかける。

数年前に読んだ 『アイデアのつくり方』 ジェームス W.ヤング, 今井 茂雄『アイデアのヒント』 ジャック フォスター を書架から探し出した。再読。一昨年、ビジネス関連の本をほとんど処分したけれど、この2冊は処分しなかった。複雑な事象を簡潔にまとめる文章って強い説得力を持っている。どのように、の部分、とりわけ成功体験や実践方法をばっさり削り取り、目の付け所だけを記述してある。

多数の事例を引用して説明しなければ本の体裁を保てないようでは、いずれ因循姑息と言われるのかもしれない。

2010/01/06

愛嬌たっぷりの耳毛

石亭の朝食

愛嬌 接する人に好感を与え、思わず話しかけたくなるような親しみを誘う物腰。

『新明解国語辞典 第6版 並版』 山田 忠雄 [to Amazon] (3)

愛嬌たっぷりの顔、そんな人に出会うと羨ましい。愛嬌って抽象的だし視覚的やけど、ユニークな基準が何となく頭に格納されとる。その基準を他人と共有するようなシーンになかなか遭遇せん。ああ、そういえば、愛嬌、って単語を会話で使わんな。ご愛嬌はあっても。

愛嬌たっぷりの尻。そんな赤ちゃんと出会うと羨ましい。自分もおむつをすればああなるやろかと妄想してまう。尻をふりながら歩く子供は愛玩動物みたい。本来ならばおむつをつけた尻が主役であるはずなのに、様態が脚光を浴びる、と自分は思うとるけど、ちゃうみたい。

愛嬌たっぷりの耳毛。そんなお年寄りに出会うと羨ましい。自分も将来ああなるんやろかと想像してしまう。今は産毛?!の段階で耳毛を抹殺してる。発見した衝撃と抜いた痛覚(鼻毛を抜くほどではない)。ほんのわずかにカールした超短い耳毛。他人の耳毛は愛嬌をふりまいているように映るのに、自分の耳下を愛嬌のある奴と褒めてられへん。なんで?

愛嬌はげに面妖奇怪な表現で、しばし人を笑わせるが、使うとなるとよく理解せずに使っている。便利やな。

集合

2010.01.05 晴れのち曇り

07:00すぎに目が覚める。それほど寒くない。結露もひどくない。変な感じだった。このまま寒くないのかなと油断したら10:00頃から寒くなってきた。朝よりも日中が寒く感じた。 変な感じ。

終日、O先生のサイト制作。シンプルをコンセプトに制作。足したい気持ちをぐっとこらえる。シンプルであればあるほどデザインとルックスが難しい。スカスカになったり、のっぺりしたり。ちょっとアクセントが必要だ。デザインは制作の前のレイヤだから、あともう少し考えなければ。

13:00頃、クロネコヤマトへ配達をお願いしたついでにイオンの食品売場へ。人が少ない。びっくり。火曜日なのに。火曜市なのに。さては、正月に出費がかさみみなさん買い控えか、いやいや、正月に売れ残りセールでもやったか、と思いを巡らし14:00前にもう一度売場へ。びっくり。人だかり。まるで14:00にイオンへ集合みたいな。なぜ? 理由を知って納得。10年目にして初めて知った事実。みなさんよくご存じで。お買い物上手。

2010年の領収書を貼るスクラップブックを買おうと文房具売場へ行くと、『コクヨ スクラップブックS A4レザック  ラ-410R』 コクヨ [to Amazon] がない。毎年使っているのでショック。帰宅後、Amazonでチェック。ある。やっぱり。数年来よぎる感覚。価格がわずかに高くてもAmazonで購入した方が便利、という感覚。書籍以外で生活用品や電化製品、PC周辺機器が増えた。クレジットカードは1枚に集約しているから、ポイント換算すれば価格差は気にならない。段ボールが億劫なだけ。イオンや大型書店は危機感を持っていないだろうなぁと観察。持つ必要もないだろうし。

2010/01/05

愛人は幅広い

広島県産業奨励館

愛育 愛情を持って子供を育てること。

『新明解国語辞典 第6版 並版』 山田 忠雄 [to Amazon] (2)

愛、なんぞ? 不思議な文字である。西洋の2000年間を理解しなければ日本語の心情を慮られん単語ではないでっしゃろか。否、そもそも日本語へ訳せるような代物ですか?

親子愛、郷土愛、自己愛.....かと思えば、愛人。おや、愛人と申しましても敬天愛人の愛人です。どちらの愛人をご想像されましたか?

年下の愛人と年上の愛人、同じ愛人に年齢が付加されるとエロスの響きが異なりま。読み手の立場が想像力をフル回転させるんや。年下? 年上?

愛、まことに不思議な文字である。日本の2000年間を遡るといつ現れた単語でしょうか。時代は言葉の意味を変える。はじめての愛はどんなシチュエーションでしょう。わたくしがはじめて愛を認識したのはぁぁあああと言えば、記憶の引き出しを開けてゆくと、ラベルを貼ってないので手間取りますが、ああ、あった、あった、「それも愛」。なんで? 私の脳はどうしてこれを引き出しにしまっておいたのでしょう。自己愛?

金魚

2010.01.04 晴れ

目が覚めると極寒ではなかった。躰が冷え切る寒さではない。手足の冷えは変わらず。球根に水をやりながら朝日をあびる。気持ちよい。人通りが多いのでなぜだろうと思い、曜日を確認すると仕事始めと納得。通常の人通りへ戻ったということ。そういえば、服装もなんだか違うような。

終日、S社のアクセス解析。解析データを収集してサイトを観察する。発見が多い。時計の針の1回転が速い。仮説と問題点を考える。解析と検証の作業は思考の技術を求める。漫然とデータを眺めていたり、データの数値を加工せずに文章へ置き換えるだけだと、何も生まれない。着眼と視点が数値を物語へ変換する。データを咀嚼する能力。それらを経てアイデアのとっかかりが得られる。

アクセス解析は高価な仕事と理解できた。解析から課題の抽出までですら、着眼と視点と思考を要する。時間工数×単価=高価ではない。WHAT/WHY/HOWの対価。だから、成果を出すとなると、別途料金が発生するだろうと思う。これは業者へ依頼しても自前で用意しても同じだろう。時間工数を増やせば、優れたWHAT・WHY・HOWがアウトプットされるわけじゃない。

夕方、散歩しながら書店へ。『IA100 —ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計』 長谷川 敦士 を購入。あと水槽を物色。正月、奥様は里で金魚すくいをしたらしい。その金魚が朝起きると絨毯で寝ていたとのこと。意味不明。そんなわけないやろ、と強く否定したが間違いだった。書店で調べてみたところ、和金は飛び出すらしい。で、水槽を物色。

まったく知らなかった金魚の飼育。書店でほんのわずか調べただけでも奥が深そう。趣味、というか英語のホビーは研究に近いようなニュアンスを持っている。と、同時にそれなりのお金がかかるという意味も含んでいそうだ。自分の写真と自転車はお遊びと再確認。

2010/01/04

福袋

2009.01.03 晴れ

07:30頃に布団から抜け出す。FMラジオ。T-falに水を注ぎスイッチON。コーヒー豆をミルでゴリゴリ。中粗挽きで挽き終わる頃にT-falのスイッチがOFF。FMが心地よい。奥様が高校か大学の時に購入したラジオを今も使っている。音質に執着しないので充分だけど、聴き慣れてくると耳が贅沢になったみたい。欲しくなる。

午前中、ワンセグで箱根駅伝を視聴しながらMacBook Pro, MacBook, PowerBook, Mac miniのメンテ。ファイルサーバの中もちょっと整理。spotlightで事足りるから整理しなくてよいし、整理の時間がもったいないけれど、時折思わずやってしまう。

ラジオの聴取率が上昇しているらしい。10代の女子が牽引しているとの由。生まれたときから携帯電話や携帯端末が身の回りにある。どんな感じだろうと想像。ラジオへ傾倒する気分がなんとなく理解。メールとケータイ小説と雑誌が視覚を刺激。そして、携帯から聞こえる音楽。聴覚を鍛錬。昭和のマスメディアと彼女たちはミスマッチと観察。特にテレビから離れてはじめているのではと推測。

昼から近所のイオンへ。福袋の陳列と人の行列。中身をのぞく人、中身を店員へ確認する人。袋を開けようとする人。色々。活況を呈する福袋市場。書店で 『ニュートン力学と万有引力―物理の基礎がみるみる理解できる! なぜ月は落ちでこないのか? (ニュートンムック Newton別冊サイエンステキストシリーズ)』 ニュートンプレス [to Amazon] を購入。あと、『フォトコン 2010年 01月号 [雑誌]』 日本写真企画 [to Amazon] をちょっと立ち読み。はしたないと自覚していてもやめられず。そわそわしながら読む。やっぱり落ち着かないから買いたくなる。ぐっとがまん。

再販売価格維持制度が緩和されれば、書籍の福袋って販売されるのかしらと妄想。でも、読みたくない本が入っていても買わないなとすぐに否定。いや、待てよ、雑誌とかなら買うかもしれないと検討。

福袋を眺めていて紙を連想した。周りを観察すると膨大な量の紙を使っている。紙の年間消費量はいかほど。それを木に換算すると何本だろう。敷地面積に換算すると何㌶。65億人を養うために使用する農地の面積は南米大陸ほどらしい。数字と単位へ換算して地図を広げれば、これから先楽しめる福袋が詰まっている。

2010/01/03

頃合を見計らって失敗してもうた

広島県産業奨励館

あい 【合】(造語) 何かをするのに適した、その時(場)の都合やそのものの程度。

『新明解国語辞典 第6版 並版』 山田 忠雄 [to Amazon] (2)

頃合は難しいでんな。頃合を見計らって、なんて言われると心臓がトクン、一オクターブ上がる。頃合って何時頃。見計らうって、ずっと見てるん? どうやって計るん?

おお、頃合といえば、親戚に間合がおる。これまた難しおまんねん。剣道をやっていた頃合(間違えた)、先生から間合いをとれと指導された。間合い? なんやそれ。私のリーチと跳躍力を計算したらわかる相手との距離。と書けば、そんな字面で表現できるほど簡単やないと怒られるわ。一呼吸。

瞬間接着剤を使う時、頃合を見計らってくっついたかどうか確かめる。瞬間、って大きな文字で書いてあるから頃合もくそも塗ってすぐやろとツッコミながら接着させると、見事にはがれよる。対象が物質でしかも静止しているのに頃合を見計らって失敗するんやから、対象が人間ならばさもありなん。

合って左右対称で美しいのに卑猥。頃合を見計らって合体しよか、なんて誰ぞに言うたら肌合いちごうて嫌われて、おまけに金属質の風合いが両手にはめられる。

出費

2010.01.02 晴れのち曇り

07:00前に目が覚めた。その前から起きていた。夜中、寒くてトイレへ行ったし、何度か目が覚めた。その割にはよく眠れたと思う。昨夜、眠る前に読んでいた 『日経サイエンス 2010年 02月号 [雑誌]』 日本経済新聞出版社 を布団の中で読む。フロレス原人の謎がおもしろかった。仕事とリンクするはずのネットTVの衝撃よりおもしろいと感じる。どうしてだろう。読み方が異なるからか。

07:30頃に着替えて、箱根駅伝を視る準備。08:00スタート。毎年、早稲田を応援。意味はない。早稲田大学のラグビー部が1987年の日本選手権で優勝したシーンをテレビで視聴して興奮して以来、野球、ラグビー、駅伝では早稲田を応援。

2区の主将の走りが残念だった。観客のわがままな評価である。順位関係なくタスキをつないでなんても奇麗事だ。わがままな評価を下しながら応援している自分を認識して駅伝を楽しむ。テレビ中継の仕方とアナウンスに嫌悪感を抱くようになって久しい。どうにかならないかと苛立つのも馬鹿なので、なるべく聴かないように平静を装っている。5区の山登りは圧巻だった。4分以上あったトップとの差をひっくり返した。宮ノ下あたりの坂道を歩いたことがあるので覚えている。あの勾配をぐんぐん駆け上っていくスピード。テレビで他のランナと違うと認識できるのだから、現場で観戦している人はびっくりすると思う。

駅伝が終わった後、おでかけ。今年の家計はちょっとタイヘンになりそうだから出費を控えようと話していたのに、舌の根の乾かぬうちに、フライパンを購入してしまった。今のフライパンは塗装がはげそうだったので、それにかこつけて購入。自分は大枚をはたいて鉄鍋を買って、きちんと手入れして長く持つよう提案したけれど、料理する比率が8:2では説得力がまったくなかった。こういう時、エコを持ち出すのは下品だし嫌いだから、家計の視点とコストパフォーマンスの視点から訴えてみたけれど、即座に却下された。残念。不言実行ののちに再度上訴してみよう。

夕方、一人だけ帰宅。奥様は里へそのままお泊まり。自宅もやっぱり寒いけれど、やっぱり里の家ほどではなかった。夕食は食べずにウイスキーを飲んだ。昨年からウィスキーを好んで飲むようになった。ブームは過ぎ去り定着してきた。

ウイスキーを飲みながら 『理性はどうしたって綱渡りです』 ロバート フォグリン を読む。おもしろい。そういえば、ウイスキーを飲むようになって『ウイスキーの科学―知るほどに飲みたくなる「熟成」の神秘 (ブルーバックス)』 古賀 邦正 を読んた。自分の味音痴は変わらないのに、知ったかできるようでふんぞりかえる気分。その気分を味わうために本を読んでいるようだと、何十年かかっても頭脳は熟成されないだろう。

2010/01/02

ああ

厳島神社五重塔

ああ

副詞 話し手・聞き手から離れて存在し、両者が共に認め得る事象や状態を指し示す様子。 『新明解国語辞典』 三省堂 (1)

「ああいうかっこしてみたいな」「やめとき、歳考えや」「せやな」とか、「ああだこうだご託をならべたらあかんわ」「えろうすんません」もあるな。「ああしろこうしろと言われてもな」のあとにつくのは「できん」が多い。

ああ、そうそう。両者が認め得る事象や状態を指すのに、時折、昔話の最中に発語される「ああ」もある。「ああいう時こそ」と本人が得意げにしゃべっても、どういう時か聞き手はちんぷんかんぷんやねん。で、「どんな時」と訊ねたらあかん。野暮やさかい。

ああ、そうそう。似たようなニュアンスで使われてしまう単語がおるな。あれ、や。ああ、そうか。あれ、か。

平穏

2010.01.01 晴れのち曇り

06:00頃目が覚めたとき、雪が降っているかもと錯覚した。寒い。大晦日も寒かった。数年来、奥様がおせちを作ろうとすると、丁重にお断りしている。今年は忌中だからお断りするまでもなかった。おせちを食べられるからうきうきするでもないし、ふだんよりたくさん食べるつもりもない。なので、いつもどおりの朝食を食べた。

午前中は自宅のサーバのログをチェックしてメンテしたり、クライアントのサイトのアクセスログを眺めていた。iPhoneから産経新聞をダウンロードして読んでいるとき気づいた。そういえば、テレビをまったくつけていない。テレビ欄を確認して納得。視る番組がないらしい。とても静かで心地よかった。

12/30に注文した 『アフォーダンスの心理学―生態心理学への道』 エドワード・S. リード, 佐々木 正人 が届けられた。元旦も配達してくれたのでびっくり。ありがた恐縮。ウェブのフォームに急がないのでゆっくりしてくださいね、というオプションがあればチェックしていたと思う。

午後から奥様の里へ。義父の初七日。里の家ではテレビのコンセントが抜かれたままだった。FMのDJが聴こえてきた。アナログ音声がとてもよかった。自分もノイズの少ない生活に少しずつ近づいている。結局、寝るまでテレビのスイッチはオンされなかった。FMがBGM。

夕方、外は雪がちらついていた。木造の家は自宅より寒い。自宅も寒いと感じていたけれど、義母の家は想像を上回った。古い家、昔の造り、寒い。トイレで用を足すと白い息。ぶるぶる。夜、布団の中でくるまると躰は温かい。でも顔と頭は寒い。禿頭に堪える寒さ。でも心地よかった。義父と義母ががんばって建てた家。なんだかはじめての質感が感性を支配し、まだ単語にできない感情が布団の中で生まれた。

平穏。静謐。

2010/01/01

ああ

CARABAN

ああ

感動詞 肯定・承知を意味する声。『新明解国語辞典』 三省堂 (1)

どんなシーンで使うかいな。思い出せん。いっちゃん単純な単語やのにな。不思議や。「ああ、そうですね」はあるな。あとは、「ああ、なるほど」か。

ああ、しもた。今日は正月か。あーあ、忘れてた。