2009/12/31

long goodbye father-in-law

12月26日の夜、数年前からのばしていた顎髭を剃った。剃らなければならなかった。違う。26日の夜明け前、剃りたくなった理由が自分のもとへ訪れた。

10月の上旬、義父の病が判明した時、義父と妻は死を迎える側と死を待つ側へ立った。自分は傍らで二人を眺めていた。自分ができることはひとつ。待つことだった。それからの日常はすべて一期一会。非日常と日常は無くなった。刹那の集合体。妻はひとつひとつ、一瞬一瞬を迷った。あらゆる出来事へ戸惑っていた。期待と絶望が同居する奇妙な空間に身を置いた妻。一晩中、泣き続け、毎日泣いた。微笑みは消え、そのかわり脳が刺激する強制的な笑顔を手に入れた。機械的な笑み。

妻の傍らで自分はずっと待っていた。感情を待つ。行動を待つ。判断を待つ。妻から娘へ変わってゆく。待つ。結婚して10年。全く異なる次元の待つだった。何をやっても後から後悔する。それを肝に銘じて待った。

当初の医師の見立ては1年以内。それが、来春、ついに年内と変わっていった。すさまじい速度で見立ては変わる。そのたびに怒りと諦めが家族を襲い、恭順が家族を支配した。義母と妻は医師へ感謝の念を述べ、指示に従う。傍らの自分は怪物患者の気持ちをわずかに理解した。

命は有限である。命は数字に置き換えられると、有限の意味は抽象概念から具体的記述へと書き換えられる。命が数字になった時、治療から解き放たれる。にもかかわらず、医師と家族は治療から脱獄できない。家族は希望を持ち、医師は最善を尽くす。

数字になった。もう治療ではない。でも家族は治療だと信じたい。治療でないと認めたくない。認めると死神がやってくる。そして、死が身近な存在であると急速に認識させる。認識は感情を叩き起こして、暗涙にむせぶ。涙は妻を時から放ち、束の間の幻想を抱かせる。自分は毎夜妻の涙を見ていた。一晩中、涙がかれるのを待っていた。言葉を消去した。絶対伝えなければならない単語だけを選んだ。

12月25日、クライアントに悟られぬよう振る舞い、何度も携帯電話のディスプレイを確認した。自分の目に映るクリスマスの笑顔はモノトーンへ変わっていくけれど、すごく穏やかな気持ちで家へ帰った。久しぶりに妻と会った。

10年目のクリスマスを夫と過ごせと意識のない義父は娘へ伝えたかったのだろうか。そのプレゼントを贈ってくれた数時間後、自分は義父へさようならを告げた。

2009/12/21

Significant Other

静謐に淑やかに時に狂気で異次元へ。

2009/12/18

杜撰

2009.12.17 晴れ

昨日、12月に入って一番気合いを入れた朝だった、と書いたら間違いだった。今朝だった。というのも間違いで明日の朝かもしれない。寒い。寒さが安定するとよいが、不安定だと躰がつらい。心配だ。何ともなければよいが。

午前中、F社のページを公開。M社のサイトを改修してアップ準備。夕方にはアップできると見込んで仕上げていく。メールサーバの調子がおかしかったのか、着信が遅かったようだ。関係者各位へ返信でお詫び。

セブンアンドアイのサイトがネットで話題にのぼっている。新聞は報道していないので深刻だと受け止められていないみたいだ。新聞は事件か事故を報道しても事態を報道できないか、あるいは、技術的な問題を理解できないので報じないか。もし、自分がここのサイトを利用していたら、個人情報を即刻削除する。そして、クレジットカードの利用履歴を数ヶ月ほどちゃんと確認しなければならない。

ネットの場合、大企業だから大丈夫だ、とか、大企業は大企業の仕事をしている、と判断してはいけない。とても不思議である。おそらくネットのシステムを開発するとき、最優先事項がコスト削減だと想像している。しかも、そのコスト削減は、ひたすら安くとにかく安く開発しろ、というニュアンスのコスト削減である。だから、杜撰なシステムが構築される。時にはベンダの責任はある。今回のセブンアンドアイのサイトはベンダではないと観察している。なにせ内製と宣言しているらしいから。

あまりに杜撰な管理であり、サイトへの対応だと思う。プロのクラッカがセブンアンドアイのサイトを見つけたら、手間いらずでぶっこぬけるレベルだと思う。極端な反応と理解した前提で書くと、もうこの会社で買い物したくないし、個人情報を記載するような書類を記入したくない。ただし、大企業だから関連会社まで調べて回避するまでできない点は口惜しい。

不合理な安価と納得の安価、不合理な高価と納得の高価、これらを見極めることは難しい。激安スーパの裏で誰かが亡くなっているなんて想像して買い物しない。それを見極めさせる想像力を求める風潮が現れてきたということか。

本当に誠実である

食堂

オタクの人は一般に、平均的な人よりも、正直であり素直であるため、自分にできないかもしれないことで、「私がお力になりましょうか」などという綺麗事をけっして口にしない。綺麗事が、明るい主人公と同じくらい嫌なのだ。これは、本当に「誠実」である。自分に対して誠実だし、万が一理解されれば、相手に対しても誠実だ。こういった誠実コミュニケーションの奇跡を期待しているのかもしれない。

『MORI LOG ACADEMY〈3〉日のないところに書け無理絶えず 』 森 博嗣 P.161-162

「オタク」という単語は傾向であり揶揄や賛美の対象ではない。僕は何かの現象に対してオタクの部分を所有しているはずだけど、それを自分で認識できていない。であったとしても、誠実コミュニケーションの奇跡を望んでいると確かに期待している。

2009/12/17

三人

2009.12.16 晴れ

12月に入って一番気合いを入れた朝だった。寒い。ガジュマルをベランダに出して水をやるとき、顔がわずかに痛かった。久しぶりの感覚。家の中も寒いが外はもっと寒い。ようやく冬の正常値を確認できた。といっても体感温度だから説得力がないなぁ。温度計がいるかな。ここ数年、数値や計測に拘泥している。といっても、理系の方々の足元にも及ばないし、いい加減なレベル。

午前中、昨夜に仕上げたM社のページ確認とF社のページ作成。F社のページ作成に悩む。相手が書いた文章を自分が編集するわけなのだが、失礼を承知でやっているとはいえ、気が引ける。かといって、そのまま掲載しても芸がない。もう一つ、プロフェッショナルとユーザの乖離を埋められない。乖離は単語や表現、視点や発想など。それも横柄な思考であるし、自分の傲慢さは下品だなぁと自己認識している。

午後から私用で浜大津へ。浜大津まで歩くと25分ほど。のんびり歩くと30分ぐらいか。とても寒かった。

17:00に大阪へ。F先生と19:00からミーティング。その前に大学院入学のお祝いを渡す。中身は Apple Magic Mouse と eneloop。自分はプレゼントを上手に渡せない。苦手だ。今回も少し宣伝っぽくなったというか、入手経路をひけらかしてしまって、後で見識がないなと反省した。来年4月以降の展望とスタッフの方々のことで打ち合わせ。これからもっと伺わなければならない。

開業して一番目の営業先がF先生だった。F先生のサイトを制作した。それからお付き合いいただいている。今、サイトリニューアルを手がけているO先生とは、会計事務所を退職して転職先で出会った。そのとき、サイト制作を独学した。

サラリーマンのサイト制作のデビュー作品がO先生、フリーランスのサイト制作のデビュー作品がF先生。そして、もうお一方、京都にM先生がいらっしゃる。M先生の言動と所作に出会ってとても新鮮だった。最初、という視点から述べると、思考と行動において初めて衝撃を受け、影響を受けた。

M先生、F先生、O先生(順不同)、この3人の先生方が自分の30代を形成してくださった。ほんとうにこの出会いは嬉しかった。よくぞ出会ったと自讃したいほど。先生方には感謝でいっぱい。ただ、自分は美辞麗句や綺麗事を並べたくないし、それらに関心もない。自分の能力の中から先生方へ何を提供できるか。それを考え続けている。

夜はF先生とK先生と三人でふぐ鍋。とても美味しかった。K先生の現場経験をもう少し伺いたかったけど、年長者の自分が少し遮ってしまった。トークの配分時間を間違えてしまった。原因は絶品のひれ酒に間違いない(笑)

避寒

2009.12.15 曇り

日曜日と月曜日を一人で過ごしたせいか、自宅がいつもより寒い。早朝、寒くて目が覚めた。気合いを入れて着替える。スウェットパンツをはいてもう一枚パンツをはく。スウェットシャツを着てその上にジャンパを着る。でも寒い。大阪へ引っ越そうかと本気で考えたくなる。

起きてすぐにアルバイトの残り5%を処理して完了。その後、終日、S社のアクセス解析とGoogleカスタム検索を設置した。一般的に分析とはどの行為を意味するのだろう。以前の仕事で例えると、財務諸表の分析があった。便利になったもので、画面の指示に従って数値を入力すれば、計算結果が表示される。比率である。さらに、それらをグラフィカルな指標へ変換してくる。これを分析とはいわない。でも、今から振り返ると、そういった入力作業と出力された結果の異常値を確認する行為を分析と受け止めていた、と思う。

アクセス解析ならば、Google Analytics が結果の出力どころか入力作業まで省略してくれる。ただし、もっと詳しいデータを収集するなら生ログを加工しなければならない。Google Analyticsに限定すれば、コードを所定の位置へ貼り付けると解析する。ところが、出力結果を把握するとなるとやっかいである。さらに、解析結果を理解するのはもっとやっかいであり、加えて分析から仮説の構築や実践方策の選択となると、それはもう位相が異なるのではないかと首をかしげるほどやっかいだ。

分析という行為の定義は何であり、それらのどの部分に報酬が与えられるのか。その時、分析する側と分析を要求する側が異なっているケースが高い。となると、分析する側の認識と分析を要求する側の認識を一致させなければならない、と想定するのだが、そうともかぎらない。そんなことを思い浮かべる自分の思考回路を自己分析していた。この場合の分析は正しい使用方法だろうか。

夜、以前から欲しかった 『チボリオーディオ モデル1 クラシックウォールナット/ベージュ』 シャディ [to Amazon] をまたチェック。ところでラジオはエコポイントの対象なのだろうか。家電製品に疎いし、エコポイントに興味をもっていなかったので、ポイントの対象基準を知らない。たぶんラジオは対象になっていないはずで、その理由を想像していた。想像であるけれど。

エコという言葉が使われなくなる時代がやってきてほしい。公害は膨大な被害者を生み、その経験を経て、公害のステータスはいくぶん低下した。そんな単語を使わなくても企業活動の前提に組み込まれるようになった(完璧ではない)。川へゴミを捨てている人々を映す白黒の映像。ほんの数十年前の出来事を見たとき、今の人は顔をしかめる。そして今の人々の生活を見て、数十年後の人は顔をしかめる。不思議ではあるけれど、事態はおおむね好転しているかなと楽観的。

2009/12/15

反応

2009.12.14 晴れ

家が寒く外が暖かい。早朝が寒い。部屋で着替える。わずかな時間、同じ動作を毎日繰り返す。そのたびに気合いを入れる。気合いを入れなければならないなら点が不便であるけれど、ちょうど目覚ましがわりでよいかもと思い込ませようと目論んでいる。

午前中、アルバイトの続き。週末の夜から取りかかり、日曜日は巣ごもりして、ようやく95%まで終了。なんとか明日で完成できる。よかった。

14:00少し前に京都へ。H氏とサイトの打ち合わせ。H氏からアイデアと意見をいただいたので、それを二人で検討。前半は長期展望と後半は短期課題。アクセス数の増加とアクションの増加。両者は比例する。数値を計測。母集団が増加すれば、アクションの確率は高くなる。と、理論を理解しているが、では、それをサイトへ反映させるとき、実践の内容や施策、そして、コンテンツで立ち止まってしまう。さらにアクセス数が少なくてもアクションの確率が高いニッチもある。

サイトを分析して結果をリポートする。H氏は反応してくださる。それがとてもありがたい。リポートを書くとき、自分の視点と相手の視点の着地点を探して書く。自分の視点の理路を省略してよい部分と出力しなければならない部分。それを見極めて出力する部分を書く。読み返す。そのとき、すでに自分の視点から離れ、相手の読み方を想像する。ところが、自分の想像力が貧しいので、数通りの読み方しかできない。だから、反応をいただけるとすごくありがたい。相手の反応の着眼と視点、思考の理路は次回のリポートを書くとき、貴重なデータである。

わからない、という言葉を表現するとき、表現の仕方によって会話の様相が固まる。自分の観察結果から推測すると、理解したい衝動にかられる人は、わからないとおっしゃる表現の仕方が上手だ。それを見習いたい。どうすれば相手と会話が成立するかを考えている。会話が成立した後でやるべき内容を把握しようと努めている。そんなふうに自分は受け止めている。自分も取り入れなければならない要素と認識している。

17:00に終了。少し休憩してからH氏と食事へ。18:30前にK氏と合流。3人で忘年会(という実感はないけれど)。K氏とH氏は自分の先輩。社会人になったころ、御両人から仕事を教わった。あれから10年以上経過。ずいぶん生意気なことを口上張る身分になったなと省みていた。気が置けない関係と勝手に判断して心底信頼している証左であるけれど、礼節をわきまえなければ見識が疑われそうだ。K氏の酒量は話の盛り上がりと比例する傾向が高い、と日頃から観察している。今日もその観察は適切であったと自己評価(笑)

K氏とH氏の反応が心地よかった。ほんとうに美味しゅうございました。

2009/12/13

議論

2009.12.12 晴れ

朝は寒いけれど昼間は暖かい。 12月中旬。変な感じ。ただ、年末年始に関心がないので、2009年の残り日数を言われても反応しない。

午前中、雑務を処理してから昼前に神戸へ。O先生とのミーティング。3回目。12月の土曜日はこれにに割り当てている。サイトリニューアルの議論。議論と表現して差し支えないと思う。互いの意見を述べている。感情を算入した話し合いは苦手だし、興味をもっていない。O先生との議論は、感情や打算を考慮しなくてよい。そのまま意見を述べ、それについてどう思うかと切り返せるから議論できる、と推測している。議論の前提である目的が一致しているからだろう。反論の理路が整っているから、先生の意見を即座に採用するし、その反対もある。反論がよいアイデアを生んでいる。自分は英語を話せないので申し訳ないと思う。英語の方が議論しやすいのかと尋ねてみた。これまでにサイトリニューアルの議論に費やした時間は12時間を超えた。コンセプトが固まってきたので、今日は枠組みの議論。

建築設計士の先生方の役割を知らない。建築という全体のどの部分を担っているのだろう。とても興味を持っている。だが、自分の家を建てた経験がないので想像の範囲を超えない。今回のサイト制作は、設計のリソースへ時間が割り当てられている。先生から設計士であってほしいと指摘された。制作のクオリティの期待値と設計の期待値を測ると後者が高い。テキストや図の準備も先生が分担する点からもそう判断できる。

22:00前に自宅へ到着した時、頭がクラクラした。風邪ではない。部屋に入って机の上に置いてあったアルバイトの資料を見て頭がクラクラした。クラクラには少なくても2種類あるんだなぁって理解した。

1999年に滋賀へ引っ越してきた。ちょうど10年。10年一昔の意味を少し理解できた。自分の躰にはじまり、身近な人の存在であり、それに関係。そして、家の環境などなど。生活の習慣や様式も変わり、どんどんシンプルになっていく。自分がそのように指向しているからだ。

帰宅後、iPhoneのICレコーダを聞いた。O先生と議論が噛み合う雰囲気をつかみ取れた。否、噛み合っているのではない。包み込まれている。O先生の姿勢。自分はとうていまねできない要素を備えていらっしゃると観察。自分はまその要素をったく身につけていない。過去3回の内容を聞き返して、議論が上手くなったと錯覚しなくてよかったと心底感じた。あぶないあぶない。

素直であることはとても難しい。

2009/12/12

瞠若

2009.12.11 雨のち曇

朝から雨。朝は寒い。日中はそれほどでもない。滋賀県は寒い。大阪府はそれほどでもない。なんだか変な感じ。室内の温度が外より低く感じられる。なんだか変な感じ。朝の体感温度に合った服を着て午後から外へでかけると3月初旬頃のように感じ、室内へ入るとGWみたいになる。なんだか変な感じ。

午前中、F先生の合宿施設を探す。なかなか見つからない。近江舞子やおごと温泉は遠い。移動時間がもったいない。京都は避けたい。予算から配分を計算してどんどん検索。目的は予約であるはずなのに、自分がクリックする導線をあやうく自己分析してしまいそうで手綱を引く。悪い習性だ。一度、ごく自然にコードのソースを開いた時は我が目を疑った。

午後、O先生からメールを読みサイトの評価を確認。前日、リニューアルサイトのトップページのカンプとコンセプトをメールで送った。「新しい」という言葉を肯定的なニュアンスと受け止めた。先方はよい方へ評価してくださっていると推察している。自分は褒められることを自己査定に算入しない。とりわけサイト制作の評価はそれを算入すると危険。運営者が好むサイトとユーザがアクセスして行動してくれるようなサイトが合致しない可能性があるから。時に、運営者が難色を示しても説得しなければならない。

16:00前に大阪へ。大阪を歩くと、我を後へに瞠若たらしめるような才絶艶絶の姫君たちが数あることが証明される(使ってみたかった表現を懐に暖めておいた、適切な表現ではないだろう)。紀伊國屋書店へ行き、『Google Analytics 完全解説』 日経BPコンサルティング Webコンサルティング部 [to Amazon] を購入。iDが使えると判明してからなるべく紀伊国屋か近くの旭屋書店で買っている。利便性と堕落の駆け引きが我を後へに瞠若たらしめる。

『Google Analytics 完全解説』 日経BPコンサルティング Webコンサルティング部 [to Amazon] を読んで、先日あるサイトに採用した方法が重大なミスであると判明した。対策を考えないと。

19:00にM先生のミーティングに参加。いくつかの質問と指摘が頭によぎった。以前は思いついた内容をその場でしゃべった。その手法がよい結果を招くこともある。今はあまり活用しない。ミーティングをできるだけ鳥瞰して、ダブりなく漏れなくを分析する。最高の理想を追い求め最悪の結果に備える。当事者の方々は何を備え何を取り組むか。そのとき、漏れていることはダブっていることはないか。当事者の方々が気づいてない要素は何か。対策と実行、期限、検証、修正。その場の思いつきで話すより、少し寝かせた方がよい、と感じるようになった。

師走の金曜日。列車の中はニオイの宝庫。中年男性は無意識でアクビしてしまい、成人が歯を失う原因の一つと考えられる疾病ではないかと疑われるニオイを発散させる。それが酒と混じった香りは我を後へに瞠若たらしめる。

2009/12/11

僻事

2009.12.10 曇のち雨

予報では雨だったのに、朝、ほんの少しだけ晴れ間が出たので驚いた。春先に植えた花がまだ残っている。数個だけ(単位がわからない)。なので草も枯れない。越年するかどうかも調べていないので、このままどうなるか観察している。

終日、O先生のサイト。トップページと下層ページを仕上げられた。次は各テーマのページコンセプトを打ち合わせ。それからテキストと図、写真を挿入。最近の歯科医院のサイトから少し距離をとる感じになりそうだ。デメリットは検索のヒット。デメリットを修正できる手段を探さなければならない。全体の進捗率10%程度。設計と打ち合わせに時間を費やしている。いつ頃、制作の段階へ移行できるだろうか。

当事者が不利益を被る行為に対して、当事者は反対、あるいは反論する。当然だと思う。存続させなければならないから学部を廃止する。対象となった学部の関係者は抗議する。必要性が薄いからと補助金を廃止、減額される。団体の関係者は会見で批判する。反発が起こる。当事者が必要性を説く行為を一つ一つ積み重ねると、膨大な金額が算出された。ひょっとすると、誰も把握していないのではないだろうかと疑ってしまうような金額である。

そんな現象を見聞してひとつの疑問が浮かぶ。どうして、いちばん無駄である集団を縮小させないのだろうと。当事者の方々が述べる内容を関係者以外の人が聴くと、多少の脚色はあってもおおむね事実なのだろう。かたやそれらの事実を査定する側は、事実と認定しない。事実と認定してしまうと廃止できない。だから査定する側は当事者が述べる事実を僻事であると想定する。想定に合致する論理を収集し、結論へはめ込む。結論へ誘導するために丁寧かつ些末な事にこだわって反論する。そのやりとりは公開された。公開は免罪符であるから決断できる。

公開によって、事実を認識する行為は難しいと確認できた。だとしたら、自分にとっての事実を述べると、人口が減り、各集団がダウンサイジングする。ダウンサイジングに対して査定する側はどのように対応するだろう。ダウンサイジングに同意する比率は少ない、と観察している。自分の事実の前提である、人口の減少が僻事なのだろう。もし、同意の比率が高ければ、比較の好きな習性であるから、議員定数を比較しているはず。制度や統治を勘案せずに比較する算数は僻事だ。ただし、算出された数字の結果、削減に踏み切る自治体が増えてくるかもと自分は楽観してる。

夜は白菜と豚肉を鍋で蒸した。はじめてカボチャを入れた。これが驚くほど美味しかった。

2009/12/10

理由を知るべきだと思う傲慢さ

CARABAN

なにが「よくない」のかを探すよりも、ものごとをあるがままにみて、それで「いい」とおもってみてほしい。ものごとがなぜおこるのか、その理由をほんとうにしっている人などいるはずがない。[.....] 理由を知るべきだとおもう、その人間のこころのほうが問題なのだ。人生には謙虚さが必要だ。なぜなら、いのちは神秘であり、謎であるからだ。あらゆる真実は、そのときがくればあきらかになる。

『ライフ・レッスン (角川文庫)』 エリザベス・キューブラー・ロス, デヴィッド・ケスラー [to Amazon] P.298

12/10は絶対に忘れてはいけない日。その日を穏やかにすごせたからとても嬉しい。

球根

2009.12.09 曇り時々晴れ

朝はかなり冷え込んできたと思う。温度は知らないので体感的な感想。 ずいぶん前の話だが、早朝に起きるコツを読んだ。ソースを覚えていない。それによると、部屋を暖めたらよいらしい。起床時間の30分ほど前に暖房のタイマをセットする。そうすると、起きたとき布団から出やすいみたい。今、寝ている部屋は暖房がないので試せない(暖房の部屋にいてもつけないけれど)。北側のせいか早朝はかなり気合いを入れて布団から出る。最近、iPhoneの画面が結露していたので吃驚。

終日、O先生のサイト制作。トップページのイメージができあがりつつある。明日あたりに一気に制作できるだろう。合間にH氏とメールのやりとり。サイトの相談。ウェブサイトは手間暇かけたらすぐに成果をあげられると受け止められる。限定された要素はそうだと思う。ただ、その手間暇かけることが難しい。確保できない。

自分の場合、仕事であるから手間暇かけたいサイトの運営者を支援して、それに適切なフィーを頂戴する。24時間ウェブサイトに注力する人は業者へ外注しないだろう。HTMLやFTPを知らなくてもウェブサイトを持てるようになった。ホントに便利だ。ただ、便利になったから良質なコンテンツを提供しているサイトが増えたかというとそうでもない、と思う。それは自分を鑑みればよくわかる。読者が読んで有益だと受け止める情報は何も書いていない。手間暇を計算すれば、制作や文章制作を外注したくなる。でも、自分は設計に外注するというか、協働したほうがよいコンテンツが作れそうな印象を持つ。家を建てるなら設計士の先生へお願いしたくなる感覚。

上記のような事を書くきっかけは、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー別冊 「超」MBAの思考法』 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 編集部 を読了したから。超ロジカル・シンキング講座の特集がたいへんよかった。「受け身の作法」とは何か, 「プリコラージュ」とは何か, 「アフォーダンス」とは何か, 「アブダクション」とは何か, 「ナラティブ」とは何かを5人の教授が書いている。

どうしてHBRは「超」ロジカル・シンキング講座を掲載したのか? ロジカル・シンキングから距離を置くような教授陣だ(と勝手に推測している)。「超」のネーミングは何かしら衒いを感じさせるけれど気のせいだろう。

夜、大阪へ呑み出かけた。仕事以外では久しぶりだった。酒席の話を聞いて、教育と球根がつながった。植物を眺めていると、実社会に適用できるな、と感じる現象がたくさんある。

準備。契機。機会。待つ。

2009/12/09

繁縟

2009.12.08 晴れ

朝からよい天気。09:00頃に休憩をかねて東側の窓に立つと目が痛くなるような明るさ。日光浴ってうまい表現だなぁと思った。京都大理学研究科動物学教室のハエの実験が報道されていた。先日、『時間の分子生物学 (講談社現代新書)』 粂 和彦 を読み終えたばかりだったので内容をわずかに理解できた。暗室で50年飼育された1400世代のショウジョウバエに変化が見られた。約40万か所でDNA配列の変異が見つかった。ショウジョウバエの1400世代は人間で例えると3-4万年。報道は進化と書いてあるが、京大がそう表現したかどうか知らない。素人向けにまとめられた書籍が出版されたら読んでみたい。

午前中F社のページ制作。昨日の続き。完了したのでH氏へ報告のメール。今回は寝かせていないし、違和感が残る箇所もあったけど、H氏の意見を伺いたかったので制作完了直後にメールした。結果はどうなるか。

午後からO先生のページ制作案を練る。15:00頃に躰の痛みが激しくなったので切り上げて散歩へ。のんびりと90分ほど歩いた。新しい家が建っていたし店がなくなっていた。街並みが変化していることを実感。道々に咲く花を眺めて疑問が浮かぶ。草木は毎日眺めていると、普遍化できそうな事象を与えてくれる。それは仕事の現場や教育へも充分役立つと思われるような事象だ。ただ、それらに自分が気づいていなかったにすぎない。

大阪府の電子入札のサイトが話題になっていた。アクセスして呆れた。XP SP3とVistaでは使えず、なおかつIE7,8を使用できない。対応OSは「Windows 2000 Professional、Windows XP(Professional/Home Edition) ただし、Windows 2000 Professional、WindowsXP(Professional/Home Edition)を推奨します」と書いてある。"ただし"の意味がわからない。伝えなくてよい文章の典型例。ブラウザは「Internet Explorer 5.5SP2 Internet Explorer 6 SP1、SP2 Netscape7.0」らしい。こんなくだらないシステムがVista+IE7に対応するために、「大規模なプログラム改修が必要となります。大阪府では平成21年末にリプレイス(機器入替)を予定して」いるらしい。税金だから頭が麻痺して躰が愚かな行為へ暴走したみたい。

この手の無駄にも分類されない仕組みを構築して次世代へ負担を残している。次世代から借金して、その次の世代まで残せるような継続と管理保守すれば使い続けられる仕組みを設計しなければ、ただ次世代から借金して浪費したにすぎないと思う。

2009/12/08

過渡

2009.12.07 曇り少し雨

朝は冷え込む。雪が降らなくなったと思う。10年前に滋賀へ引っ越してきた。雪がよく降った年だったので印象に残っている。夜中、一人で寝ていると寒くて目を覚ました。大阪に生まれて育ったのでビックリした。そして、朝、雪が積もっていてまた驚いた。その頃に比べると、少し変わったかなと思う。

終日、F社のページ作成。相続対策の図を制作。図案をいくつかアウトプットして、色を考えたりしているとあっという間に時間が過ぎた。2ページ作成したかったけれど、進捗90%で終わった。明日の午前中で終わりそうだ。

『考えるヒント (文春文庫)』 小林 秀雄 の電子書籍を購入した。iPhoneから直接購入してみた。よい点は紙の本を持たなくてすむ。これに限る。悪い点は可読性と運用方法。著作権の技術的問題が解決されていないからしょうがない。やはり読者へ配慮するよりシステムの運用へ注意が向いている。使いやすいとはお世辞にも言えない。

紙か電子書籍かはメディアの違いであって、コンテンツは本の中身だと思う。もし、自分の記憶が完璧なら本棚はいらない。本を読んだ後、捨てているだろう。ただし、紙と電子書籍を比較したとき、管理が異なる。この点が意外とやっかいだと電子書籍を購入して理解した。

紙の本の場合、本棚へ収納すればよい。あるいは図書館を貸倉庫と見立てて、図書館に管理をまかせてもよい(自分の欲しい本が図書館にあるかどうかは別)。他方、電子書籍は過渡期だから統一されたフォーマットとプラットフォームがない。『考えるヒント (文春文庫)』 小林 秀雄 は専用のビューアで読まなければならない。面倒。デバイスも特定される。どうしてだ? さらに、PCやiPhoneを買い直すと、いちいち移行の手続きをしなければならない。どうしてだ? おそらく数年、ややもすれば来年には購入した書籍を捨てているだろう。

PDF(あるいはXMLなど)で配信すれば、iPhoneやPC、あるいはkindleなどで読める。PDFを配信するプラットフォーム、音楽業界のiTunes Storeを構築すればよい。だけど、日本の電子書籍は過渡期で、かつ、独自の配信形態と書式に拘泥しているみたい。なんとか自分が生きている間に、解放されたプラットフォームが構築されてほしい。

ストレージの物理的な問題を解決できれば、個人の図書館を与えてくれないだろうか。そこへ購入した電子書籍を収納して、好みのデバイスで読む。分類と検索が便利。そこまでしなくても、個人が読む書籍のデータ量を収納できる端末があればよいか(笑)

会話が精神と直感を作り上げる

京阪京津線 三井寺

人は精神が豊かになればなるほど、独特な人間がいっそう多くいることに気づく。普通の人たちは、人々のあいだに違いのあることに気づかない。

『パンセ (中公文庫)』 パスカル [to Amazon] P.13

あと何年、何十年、京津線の路面電車を眺められるか楽しみ。

2009/12/06

酩酊

2009.12.05 雨のち晴れ

午前中、昨日のミーティングの内容をM先生へメール。F先生からのメールを読む。12/03の発表がPDFで添付されてあった。熟読。『iWork '06』 アップルコンピュータ のKeynoteを使って発表されたとの由。患者の立場で読むと、医療者の意見と異なる視点が浮かび上がる。後日、私見を開陳しなければ。

Apple StoreでApple Magic Mouse を購入。自分用ではない。贈答品。次回の訪問には持って行けるはず。

14:00前に神戸へ。16:00からO先生とミーティング。先週の続き。リニューアルサイトのコンセプトを打ち合わせ。コピーの文章を寝る。症例を拝見。つい最近、O先生は近頃の歯科医院サイト、特にインプラント関係を見た一般の方々の意見を立て続けに耳にしたとの由。非常に参考になった。ひょっとすると歯科医院と患者の間にミスマッチが起き始めているのではないか、と考える。

19:00頃に終了して夕食へ。1件目のお店で美味を堪能してからバーへ。とてもよい雰囲気だった。マスタからスコッチウィスキーの嗜み方を教わる。自分はウィスキーをロックかストレートで飲む。量はあまり飲まない。ゆっくりと飲む。今宵はいつもより頂戴したため酩酊してしまった(他人から見れば酔っているとは見えない程度の酔いだろうけれど、自分では酩酊のカテゴリーに分類)。

帰宅後、メールチェック。M先生から返信メール。文面と表現から先生の喜びが伺えるようで顔が綻びた。

自分がしなければならないことを精査して正確に伝えるべく努める。その行為を積み重ねていかなければならない。伝えるという行為は型と工夫を含み、着想を求められる。さらに、相手の思考回路を想像して待たなければならない。豊かな語彙と独特の比喩、それらの源である視点と着眼。語彙・比喩・視点・着眼、そして思考の仕方。それらは到達がないから常に不安を抱えて内省し、他者の評価を受け入れ修正する。修正は幾通りもあり、これもまた正解はない。結局、自分が自分を待っているのだろうな、と思ったりする。

2009/12/05

継続

2009.12.04 雨のち晴れ

午前中はM先生のWPのバージョンアップと動作確認。それからF社のリポート作成。雑務。今週は某大手金融機関の方とクライアントの件で少しやりとりした。先方の伝達能力が垣間見られてよい機会だった。 組織のスピード感に驚いた。午後からM先生のミーティングの準備。昼食を食べないと躰の調子が上向きに。やっぱりここ1ヶ月の食生活は食べ過ぎ。一人で過ごさないからだろう。

F先生がiPhoneを持つようになって観察しているとメールの話がたまに登場する。サーバを変更しようと画策。iPhoneでメールを使うならIMAPを推薦したいし、そうでないと威力が半減する(という慣用句を使ってみたけれどしっくりこない)。

iPhoneといえば、iSightが出力した映像を外出先から確認できる、と考えGoogleで調べた。自分の場合、○○ができるだろうとイメージして、それを検索する癖がある。ソフトウエアも同じ。操作していくうちに、○○ができるはずと想定して調べる。というのも、ソフトウエアやシステムの場合、自分が思いつく方法は実装されているはずと考えているから。

iSightが出力した映像を外出先からiPhoneで確認する、という仕組みをGoogleで調べたらおおよそ理解できた。Mac OS X Serverがあるのでストーミングもやってみたい。ただ、RTSPの対応を調べないと。

16:00前に大阪へ。紀伊国屋で 『Google Analytics 完全解説』 日経BPコンサルティング Webコンサルティング部 [to Amazon] を探すが見つからず。Amazonでは発売と同時に品切れ。『パンセ』 パスカル [to Amazon]『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー別冊 「超」MBAの思考法』 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 編集部 [to Amazon] を購入。HBRは衝動買い。鷲田清一先生が投稿されていたので。超ロジカル・シンキング講座がとてもよかった。もう一冊購入してPDF化すればF先生のスタッフへ配信できるな。大きな書店を久しぶりに歩いたので情報収集。『プレゼンテーション Zen』 Garr Reynolds, ガー・レイノルズ [to Amazon] もよい感じ。

19:00にM先生の医院へ。ミーティング。終了前の15分間をもらって「継続」のブレインストーミング。自分がファシリテータで質問しながら進めた。ブレインストーミングまで展開できなかった。焦らず。まだ共通言語が少ないので、少しずつ段階を踏んでいかなければ。何から理解して何を気づくか。そして仕方を学ぶ。思考のプロセスを共有する能動的姿勢を待つ。

継続は難しい。すぐやる、なんでもやる、という姿勢は大切。ひらめいたすべての行為を実践して、その中から続いた行為が結果的に継続と評価される。他方、なんでもかんでもやるのではなく、何をしなくてよいかを吟味してから、やった結果、継続と評価される行為もある。継続に影響を与える要素はいくつあるだろう。継続と習慣の関係。

夕食はおにぎり2個。躰が軽くなった。やっぱり調子がよくなる。でも躰の痛みは続いている。

2009/12/04

隘路

2009.12.03 雨

朝から雨。予報が当たった。冷え込みを感じない。湿度は高いのかも。今年の11月は雨が多いという印象。統計や数値を調べていないので体感的なもの。朝、目が覚めたとたん躰が痛い。起き上がるとき腰が痛いのもやっかいだ。

午前中、O先生のサイト制作。トップページに表示する言葉を考える。外連味のない表現。ユーザを動かす言葉。説得よりも所思をトップページの空間に置くようなイメージ。それぐらいでよいと思う。むやみに欲ばるような文章は必要ない。そんな文章を技術は欲していない。

午後からM先生のWPをバージョンアップ準備。今後、このサイトをどう変えていくかアイデアを出さなければならない。UIも変更したほうがよいか。WPと同様、医院のサイトもコンテンツを再考する時期。まずは文章や画像をユーザサイドで読み始めよう。

F先生の合宿の会場探しとM先生へメールの返信。M先生が新人のスタッフの様子と現在の状況を書いてくださった。先週のミーティングを欠席したので12/04の訪問は2週間ぶり。喜んでおられる。同時に課題も記述されてきた。その課題をスタッフへ認識してもらわなければ。

イオンで日本郵便の関係者が年賀状を販売している。通りがかった時だけ観察する。売れ行きはいかがだろう。例年なら12月の中旬に購入していた。今年は外注した。もう手元にある。プリンタから出力するようになって、年々購入が遅れた。図柄を選び印刷する時間を頭の中で計算して、締切日から逆算。でも、結局、その通りに進まない。投函が遅れる。

こういう現象の呼称を知らない。同じ構造をかつての職場で経験した。確定申告が手書きでなくなり、印刷できるようになった時(今なら電子申告と思う)、手書きより便利で楽になった、と先輩は口を揃えて語ってくれた。にもかかわらず、締め切りギリギリまでの攻防が続いた。初動が遅くなったからだ。結局、締切日から逆算してどれぐらいから本腰を入れればよいかを頭が判断してしまう。結果、最後の行程、バックヤードがボトルネックとなって、印刷しなければならない申告書が蓄積される。

年賀状も同じかも。出す人は投函すれば終わり。でも、全体の工程のうち数十%が終わったにすぎない。郵便局内のバックヤードが作業する工程が待ち構えている。それが年々遅れているんじゃないだろうか。まぁ、今はメールやブログで済ませる人がいるから全体の枚数は減っているし、仕分け作業も自動化されているはずなのでそれほど支障を来さないのかもしれない。

業務のボトルネックはどこか。観察して特定しなければならない。ただし、ボトルネックを特定できたからといって問題を解決できない。ボトルネックが問題だと設定していまいがちだから。ボトルネックと問題を切り離して、適切な問題を設定する。それがすごく難しいと思う。

夕食は豆乳鍋。ちょっと味が濃くなってしまった。『歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』[to Amazon] を読む。すこぶるおもしろい。

2009/12/03

標準

2009.12.02 晴れ

穏やかな日が続く。光が柔らかい。この時期の日向と日陰の差異がとても好き。特に16:00頃に歩くと陰と陽がきわだっていて、それを眺めていると気分がうきうきする。

午前中はO先生のサイト制作。午前中に集中して制作。それを翌日、もう一度眺める。できるだけ制作者の意識を取り払って眺めるように心がける。そのリズムが狂わないように、少しでもよいから午前中を制作に割り当てる。入り込んで作ったページはその時は満足するし、よいアイデアだと自画自賛するけれど、熱気が冷めた後に閲覧するとアラが見える。まだまだ甘いということ。

正午する郵送物が届いた。開けてビックリ。nicoという雑誌が届いた。O先生からだった。目を通してほしいとのこと。特集は歯根の治療。とても参考になった。特に世界各国との数値比較が興味深い。日本の標準が世界からかけ離れている点が一目瞭然。

一週間前から胸部と背骨と腰が痛い。痛みがy=ax+bの正の方向を描き、今日は0から最も離れた座標軸に位置したので午後は仕事をおさえた。15:00頃から散歩へ。浜大津まで往復。歩くと意識が痛みから離れるから、痛くなくなったような錯覚に陥るけれど、少しでも立ち止まると痛い。かなり痛い。

iPhone 3GS 16GBのキャンペーンが始まった。実質負担0円。3GSの発売は6月26日、半年ほどで値下げ。各人がこの行為を評論している。決算書が読める人は興味深い記事を書くし、消費者は怒り気味のコメントを書いたり。それにしても電車の中でiPhoneを見かける機会が増えた。

2010年は iPhone vs Android と解説する記事も。iPhone 3Gを使っているけれど、ホントはBlackBerryを使いたかったので、AppleとGoogleのプラットフォーム対決にBlackBerryを入れて欲しい。自分の願いはともかく、iPhone 3Gを持ってから紙の出力は減った。紙で印刷することは大嫌いだ。印刷しないように心がけている。iPhone 3Gはその意識を強くした。何でもiPhone 3Gへ転送する。PDF, TXT, MP4, XLS, DOC....などなど。そのうち是が非でも手元に残したい本はバラしてPDF化してしまうだろう。というか、そんな手間をかけられないのでデジタルデータを販売してほしい、と強く願う。特に古典は携帯電話とゲーム機とネット端末で読めるデータを販売して価格を下げてみてはいかがだろうか。

これだけ出版物が氾濫しているから何を読めばよいかわからないことはない。わからないと感じるよりも下手な鉄砲も数打ちゃ当たる量は出版されている。といってもすべてを読めない。読む速度を測れば、これから先に読める冊数をあらましに計算できる。だから、いっそうのこと、iPhoneか『Kindle Wireless Reading Device (6" Display, Global Wireless, Latest Generation)』 Amazon.com をデバイスと決めて、それだけで読むという選択もありかなと思う。携帯電話でしか小説を読まないと同じように。生活の中で自分の標準を定めて、それに適応できるデータを収集する。ただし、その標準が適切か否かを検証しなければならない。黒のタートルに青のジーンズだけを着ていると推測される奇才の経営者もいれば、同じものだけを食べる文豪もいた。自分にとって何がもっとも貴重であるかを完璧に理解している人は、大多数が採用している標準に興味を抱かないのだろう。

2009/12/02

○様

2009.12.01 晴れ

午前中S社のページ制作。ページの枚数と情報量は比例する。反比例する要素は何だろう。質か。量と比例して高い質を維持しているサイトはあるから一概にそうとも言い切れない。検索エンジンを使って同業他社を比較すると、検索ページの1枚目に登場するサイトは共通点を持っている。その共通点を抽出してサイトへ反映させると効果があるだろう。否、そこまでやる前に問題がいくつも立ちはだかっている。

午後からO先生のサイト制作。合間にメールを返信したり。メールといえば、ここ数年、○○様と見かけるようになった。メールの冒頭に記されている。最初、意図がわからなかった。どうして冒頭に自分の名前が挿入されるの? って不思議だった。メールは手紙と異なって細かい点を省略でき、かつ、敬語がうるさくならなくてよい、と受け止めていたから新鮮だった。

大学のBBSへメールを書き込んだり、95から98ぐらいでメールソフトを使い始めた時、冒頭に「名前@居場所」を記した。なぜかわからないけれど大学がそうだったから、それがメールの挨拶のデフォルトになった。

それから、社会人になって数年後(今から9,10年ほど前)にメールをやりとりするようになってから、「いつもたいへんお世話になっております」をFEPの辞書へ登録した。

今年に入ってやっぱり気持ち悪くなって10年ぶりにかつてのデフォルトへ戻した。「名前@居場所です」と冒頭に記述。あら不思議。なんだか違和感。上から目線というか。そう感じても続けている。

今のメールは手紙の一部というか、リアルに近い挨拶を交わさなければならないような雰囲気を持っている。シグネチャは名刺みたい。ブロードバンドだからシグネチャの情報量も増えたか。ダイヤルアップの時代は課金を減らしたくて最小限の情報を記述した。

使う人が少ないときマニアックな暗黙のルールは成立していた。使う人が増えると、誰かが暗黙のルールから逸脱した行為を提示する。それを周りの人が受け入れると、その行為の様式がデフォルトを獲得する。ただ、困ったことは、そのデフォルトを受け入れなければ丁寧でないと判断されかねないかもしれず。

そのうち○○様から始まって、前略、そして草々がつけられるかもしれない。

地球は何個?

lake biwa

地球と月の間に地球は何個入るのか。地球と太陽の間はどうか。そういった数はとても大事だ。その大きさと、そして空間の「疎」な様を、子供には是非教えたい。
「ここ」という場所が、奇跡的に存在することを、すべての基礎にすべきである。歴史を学んで戦争をする人はいても、物理学を理解して戦争をしたがる人はきっといないだろう。

『森博嗣の道具箱―The Spirits of Tools (中公文庫)』 森 博嗣 P.74

琵琶湖の面積670.25km2, 湖岸線の延長235.20km, 貯水量275億m3。淡水湖の大きさとして世界129番目。約400万年前に誕生し三重県から北へ移動してきた。

2009/12/01

外注

2009.11.30 晴れ

午前中、O先生のリニューアルサイトを設計。コンテンツの詳細はそろっていないので色やナビ、外観と各ページの誘導などを練った。フレームワークは海外のCSSを少し利用。コードは少し汚れる。コーダの人が見れば顔をしかめるかも。数年前までコリコリとコーディングしたり綺麗なXHTMLとCSSを書いた。今も要所は心がけている。まぁ、自分のなかのバランスの定義が変わってきたこと。バランスなんておおよそ奇跡な状態であるわけで。

午後からS社のページ制作とログ解析の設定。ログ解析のリポートを説明してほしいと依頼されたのでそちらでご覧いただいたほうがよい、と返事した。百聞は一見にしかず。だから専用のログ解析を設置という流れ。

夕方、年賀状の印刷を発注。今年は年賀状の印刷を外注した。奥様が出す分。自分は3年ほど前から年賀状を郵送していない。年々、受け取る年賀状の枚数は減った。想定していたとおり。今まで素材をDLしてイラストレータで作成していた。なんとなく違和感はあった。今年は印刷のインク代と時間を計算したら、どう計算しても外注する方が得。最初、ウェブポ(なんの意味もないFlashが気分を悪くさせるけど)でオーダしようと提案したら、それはちょっと、と尻込みされた。どうやらわずかでも手書きしなければ落ち着かないらしい。主張は理解できたけど手書きの根拠を理解できず困った。でも、自分の年賀状ではないから裏面の印刷を外注。

外注って単語はどう受け止められているのだろう。アウトソーシングや委託などを使ったり。もう同義語か。今はサーバも外注だし、メールもGoogle Appsでストレージも外部に委託する。PCもパーツを買って自分で組み立てるより外部に組み立てを委託して購入した方が得。身の回りのものも自分で作るよりお金を払って外注されたモノを買う。正確には自分では作れないから。こういった場合、外注と表現しないか。外注とは業務の一部を外部へ発注すること、と広辞苑に書いてあった。

では、外注すれば何を得られるのか。あたりまえのことであって時間。その時間に思考と行為に割り当てなければいけないな、と思っていても無駄を増やしている。そのように自分の行動を自分で評価している。それは時は金なりの思想を捨て切れていないからだろう。時間は金と等しいような存在ではないはずなのに。

最近、訳あって昼食をとっているので、夕食を極力減らしてもらっている。でないと躰が悲鳴をあげる。夕食は玄米に山芋をかけて、あとは味噌汁。充分だった。美味しかった。食のリズムが壊れかけるから、と推測。食のリズムは一日二食。数年かけて習慣化できた。そのリズムが壊されるかもしれないって抵抗している、と思う。周りが決めた習慣は自分にとって適切な習慣かどうかを吟味したほうがよいと感じるようになった。そんな機会が増えた。

夜はF先生とSkypeで会う。便利になった。