2010/05/13

索然

2010.05.12 曇

肌寒い。ラジオの天気を聴いていないとして、体感は春先。15℃ぐらいかな。ラジオの中のヒトは風邪気味比率が上昇中。DJは声をつぶされると辛そう。昨日から自宅付近で幸福実現党が走り回っている。日曜日の朝、ラジオで何とかのモーニングコールってプログラムがあって、はじめて聴いた時、なんかちょっと様子がおかしいなぁってパン囓って、CMの途端、合点。presented by 幸福の科学。滋賀県ではFM、その他の地域はAM多し。AMを使う点がうまい。大津パルコの紀伊国屋は専用コーナー設置だし、印象はソフトな感じ、なので、布教活動は順調なのでしょう。そういえば、サイトをのぞいたら中等部・高等部スタートって書いてあった。なぜ宗教団体は学校を設立するんだろ。

WP制作と裏でこさえているDB。DBは日課みたいなタスクで、自分は何屋かわからなくなってきておもしろい。まぁ、周囲が決めてくださればよいわけでして。フリーランスはニッチのさらにニッチにころがっている誰もやらない仕事を発見しないと太刀打ちできないし。

ソフトバンクがiPadの3GとWi-Fiの予約を停止した。わずか3日。予想外だったみたい。量販店も停止。アップルのオンラインでWi-Fi版だけ受付中。世界的品薄状態。モルガン・スタンレーの米国内最新調査データを読むと、ウソかホントか、もうみんなiPadでOKなノリ。DSやPSPのゲーム我慢してiPad, iPod touchガマンしてiPad, PCガマンしてiPad。

とりわけ衝撃的なデータは、今年4月移行のネットブックの売上。百貨店の対前年比売上25ヶ月減少なんてカワイイよってコメントしたくなる落ち込み。ネットブックはギークの道具になってしまうかもって思いました、イヤ、ホントに。

誰かと喋っているとき、自分が発話した文脈を自分の耳で聴いて、おもしろくないよなぁ、つまんない、バカだよな、って自己嫌悪にハマる時、9割9分、本か耳学問を受け売りしている。完コピーだと芸がないからそのまましゃべらなくても、考える「仕方」を経由した文脈じゃない。まぁ、インスタント食品みたいなモン。

お湯ぐらいは自分で沸かせられるから、あとは、記憶のタンスから引き出してお湯をかけると、それなりの言説ができあがる。おいしそうだ。メタな思考の持ち主や考える「仕方」を経由できる人は、インスタントを食べた反応はどうなんだ。

大人は、子供が作ったインスタント言説をおいしいねとニッコリ笑ってスルー、子供は子供が作ったインスタント言説に対して、オレの方がうまく作るよってだだっ子を想像してしまう。で、自分は子供だからムキになって、ああ、それはね違うよ、だからね、こういう説があってね、とか、インスタント食品の総量を競う。自分はご満悦ですよ。

でも、1%はヒットして、グッときて、インスタントじゃないインスピレーションは、考えの「仕方」を経由して、素材を自分で見つけて、無意識にメタフィジカルや対偶なんかの視点から観察して言葉を探してる。で、映像は頭の中にある。映像を言葉に表現できない苛立ちをガマン、なんとかロジックを組み立てる、でも、破綻しちゃってるってわかっていて、でも、どうしても表現したくてしょうがないわけ、だからマシンガントークってまう。でも、嬉しいのよ。そういう文脈を押し売りされたメタ人は反論も肯定もしないで、ただひたすらおもしろいからって耳を傾けてくれる。

それが野生の言論だと思うし、1%の比率をせめて5%ぐらいに上げて死にたい。吐く言説はどうでもいいんだ。とにかく、「考える」を身につけたい。思考をデザインしたい。

2010/05/12

篦棒

2010.05.11 雨時々曇り

チューリップが終わった。次は何を植えようか。うまく手を入れられたら来年も芽が出るかな。鉢を変えてチャレンジしてみるか。今年も青紫蘇を植えようか。スーパの青紫蘇もよいけどなかなか手が伸びない。近くで石楠花や躑躅が咲き始めた。淡色のグラデーション。単色の冬景色を好んでいるけど、この時期の24色クレヨンで書いた景色もよい。

WPの制作。テンプレートを使ってHTML5+CSS3で制作。さっぱりわからん。策定中の規格で、参考書も少ない。Firefox, Safari, Operaなんかはサポートしてるけど、IEはサポートしてない要素もアリ。やっぱりIEは苦手。

これからの歯科医院サイトのモデルは何だろう? 自分は、MTかWPがよいと考えるが、10年前は想定できなかった。これからさらに便利なサイト管理システムが登場するし、Webの表現手段が変わっているかもしれない。いや、たぶん変わるでしょう。すでに個人の表現手段はFacebook + Twitter で充分。WP or MTならPC, iPad, iPhone, Android, 携帯 OK。ただ、データを移行できるかどうか。

高速増殖炉原型炉もんじゅで核分裂を抑制する制御棒の挿入作業が中断した。原因は、運転員のミスで、そのミスとは"操作法を知らなかった"らしい。操作の重要度や事態の深刻度を判断できないので、自分はどう受け止めたらよいのか戸惑うが、身近な出来事に置き換えたらどうだろう。

この間、管理会社が賃貸している部屋の水回りを修理するために、専門の業者の方々がやってきた。午前中、風呂、トイレ、キッチンを修理しててくださった。ありがたい。邪魔しちゃいけないから、自分の部屋に閉じこもっていた。3時間後、「修理が終わりました」と笑顔を残して去っていかれたので、よかったぁと安心。

さて、洗面所の"青"(=水)を回そう。アレ、おかしい。修理前より水の出が悪くなって、回しても加減を調整できない。そうそう、トイレを我慢していたから小便だ。トイレの水を流す、おっと、水が止まらない。次の日、トイレの"大小"のスイッチが反応しない、水洗のフタを開けて直接流した。ふぅ、キッチンの"赤"(=湯)の回す部品付近から水漏れしていたので、それを修理してくれてよかったよ、じゃぁ、ってキッチン見たら、今度は"青"(=水)の部品付近から水が漏れている。修理後の環境が修理前より変わった点では、「修理」と判定してもよいのかな。笑いが止まらず。

自分の場合、笑いが止まらなかったけど、事が核分裂となると、そうもいかぬ。『創るセンス 工作の思考』 森 博嗣 に書いてあることがわかった。ものづくりを頭でやる人たちが現場で犯す失敗。その場であるもので賄える発想力。

夜、SCHOOL NINEを聴いていたら、THE BAWDIESがゲスト。やった。お願い、ダイノジ大谷さんあんまりしゃべらないで。マイブームTHE BAWDIES。ボーカルのROYさんの声が歌声とまったく違うから毎度ビックリしますよ。どうやったらあの歌声を発声するんだろ。地声と歌声が別人のレベルを超えてます。『THERE’S NO TURNING BACK』 THE BAWDIES を買って毎日聴いている。最高をフツーに超えました。6月に滋賀県でライブやるからチケット取ろうとしたら即SOLD OUT。ところで"SO"はTHE BAWDIES、知ってるかな。

そろそろブログのURLを変更しようかな。表と一本化したい。

2010/05/11

鏤骨

2010.05.10 雨

自宅のリビングの窓は道路に面している。毎朝、椅子に座ってブレックファースト。窓の向こうは行き交う人々。誰かの服は季節とランデブーして変わってゆく。自宅と道路は高低差があって、自宅側が高いので目線を少し上げると、電線が見える。見上げなくてよい角度。鳩が電線に舞い降りる。10日ほど前から気になっている鳩。鳩の嘴は何か咥えている。 鳩は少し左右に注意を払ってから2mほど飛ぶ。20秒ほどすると、鳩はどこかへ飛び立つ。数分後、また電線に着地。左右注意。飛翔。20秒。何処かへ。それが毎日繰り返される。巣作り。それを眺めていると、脳は鳩への質問を出力する。鳩は回答してくれないけれど、Googleが代わりにリストを提出してくれるだろう、とわかっていても、脳は質問の出力を停止しない。

F社のページ制作。テキストに苦心。問い合わせたくなる、相談したい、もっとサイトの人の話を聞いてみたい、と思わせるテキストを作成したいので、頭を絞る。

F先生の合宿の時、DHの方々がPPの制作で苦労していたので、100個の言葉を書き出してみたらとアドバイスした。もちろん、100個は難しいと委細承知。あえて助言した。そしたら30,40個出た。次に、それらの言葉を数個に削り落としてPPに落としたら、と説明した。そのPPでプレゼン。ステキなプレゼンだった。DHの方々の表現能力に感嘆。

同じだ。100個のテキストを作り、その中から1個を選ぶ。でも、100個をリストできない。なのに、考えましたと自分は言いたい。それは甘えだ。じゃぁ考えましょう、と会議で発言して小難しそうな顔した人々の頭の中は映像と言葉が出力されているのだろうか。映像と言葉の個数は? 個数が2未満ならば、アイデアは生まれない。

シンプルな表現とは、削るデザインであって、足し算の発想ではない。削りたければ削る素材を自分で考えて持たなければならない。削る素材を持っていなければ、シンプルな表現はない。何も素材がないから、つい足したくなる。詰め込みたくなる。素材を持つ人は巧みな比喩で表現し、素材を持っていない人は練られた修辞で表現する。どちらも卓越した能力だ。自分がどちらかを選択するとしたら? さて視点を変えよう。設問を変えよう。新たな設問を考えよう。

日本でiPadの予約が始まった。行列だったとのこと。米国ではほぼすべての出版社がGoogleの電子化を承認したみたい。Googleが取り扱う書籍数は400万? 1,000万?とも。世界最大の書店が誕生する。Googleは端末も発売して書店+端末を展開するんだろうか。ブロードバンドで後塵を拝しているはずの米国は、ライフスタイルを激変させるプラットフォームを展開している。不思議。

今週の週刊ダイヤモンドは、「アップル丸かじり」がテーマ。とてもおもしろかった。星野社長のiPadが発売されたらMacBook Air+iPhoneスタイルを捨てて、iPadだけを持ち運ぶという発言が未来予感。クリエイティブなデスクハードワーカを除けば、もうそろそろPCと携帯って分類も終熄する時期なのかな。

iPadで仕事探しは最先端(-_-;)

2010/05/10

再読

2010.05.07 小雨のち曇

近頃、紀伊国屋や旭屋を徘徊すると、"ゼロ年代"のキャッチが目に闖入してきなはる。SFとか。で、絶賛発売中が朝日新聞ゼロ年代の50冊第1位 『銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎』 ジャレド ダイアモンド, 『銃・病原菌・鉄〈下巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎』 ジャレド ダイアモンド 。たいてい平積み状態。2006/07/24に購入、あらすじを覚えている、けど、細部を思い出せないので書架から出してパラパラ。なるほど、ネットで"神本"とか"スゴ本"やら称賛されるのも納得。科学的仮説として扱われていないかもしれないけれど、問題設定がユニーク。人類の格差を氷河期から現代までまとあげた。ジャレドの仮説を理解できたら、これから人類の格差問題を述べるとき、人間集団間の生物学的な違いはまったく関係ないと堂々としゃべられるかも(笑) とにかくすごい本、あらためて。

F社のページ制作。ページ設計を終了。コードを書いてテキストを落として、あとは図の作成。イメージが固まったのでマウスはサクサク。課題はSEOとサイトからのアクションを増やすこと。サイト制作のレイヤーはマネジメントと同じく、戦略・戦術・戦闘に分類できて、戦闘のフェーズに突入すると、技巧の要素が強く求められる。それがやっかい。

17:00前に出発。19:00からM先生のミーティングに参加。読書会の課題本は 『思考の整理学』 外山 滋比古 。自分が選んだ。理由はもう一度読んでみたかったから。これも再読。久しぶりに読んで、かつて折り曲げた頁の意図をモノローグ。

読書会のコメントをワクワクする自分と酷だろなって予感した自分が同居しちゃっていて、メランコリア率がちょい高めで出席。予感はおおむね的中、でも、関心はない。「わからない」を対話できる場でない空間では、読書の「わかる」「わからない」は些末な事であって、自他の視点の差異と無知、そして、「問題設定能力と気づき」をテーブルの上に置けたら自己満足。どうしてこの本を選んだのかを伝える、読み方を説明する、気づきを解説する、なんて野暮。そんな慇懃無礼な応対はしたくない。探求と内省の欲望はスイッチがオンして回路が起動しないと、続かない。自他の視点の差異をみんなで掬い取りたい。再読して修辞と比喩は別物だと再確認。

20:30終了。大阪駅で途中下車してウィスキーをロック3杯ひっかけて帰宅。ご満悦。時間は速くて遅く遅くて速いよ相対性。お酒をやめたいのにウィスキーなんて覚えてしまってやっかいだのう。美味い。度数が高い焼酎を少しずつ呑まないようにして、よし、これでやめられたって安心したら、そこはぬか漬けだったらしくて、今度は度数がさらに高い酒って本末転倒ぜよ。

知り合いのブロガが、『パンセ (中公文庫)』 パスカル を読み始めたとの由。自分は、7の言葉と「哲学者たち」の項が好き。池田晶子先生は、哲学界と書き、在野とアカデミズムとに二分して、前者は社会性、後者は学問の厳密の観点から互いの哲学の正当性を主張した、と哲学(研究)者?!を批判?!した(『私とは何か さて死んだのは誰なのか』 池田 晶子)。スタイルやポジション、時代は異なるけれど、パスカルが哲学を批判した視点と池田先生の深淵を覗きたい。そしたら、深淵も覗いているんだから(笑)

帰りの電車の中、本日購入した 『街場のアメリカ論』 内田 樹 の文庫版のあとがきと解説を読む。単行本で読んでいたので、文庫版あとがきと解説を読みたくて購入した。ついでに気になるトピックを再読。

なんだか再読ばかり。違うね。内容を完璧に記憶していたら再読だけど、すっかり忘却の脳髄は初見が正しいよ。情けないけど。

2010/04/29

磊落

2010.04.28 晴れ

08:51京都発の特急で舞鶴へ。年に一度の挨拶。今年も一年お世話になったお礼を申し上げる。深謝。現地の情況を伺えた。18:00すぎにM氏とS氏と3人で会食。約1年ぶりにお会いした。おふたりの会話はおもしろく、酒も美味。痛飲。豪放磊落な話題から礼節、政治, 文化, スポーツ, 車などテーマは多岐。M氏は微妙なテーマに鋭く切り込んで最後は必ずご自身をオチに使って笑わせる。その会話術は妙であり、ぐいぐい引き込まれる。S氏の冷静なツッコミも絶妙。

0:05京都発の最終で帰宅。車内は満員。京都駅のホームもちょっとしたラッシュアワーかと思えるような混雑。

舞鶴への往来車中、『歯は命とつながる臓器―それは、脳のセンサーでもある』 村津 和正 を読む。賛否で判定するなら圧倒的多数で否が多いかな。自分は賛否を判定する気はなく(否、判定する基準を持ってないから埒外)、歯科医療のひとつのスタイルと受け止めて読んだ。充分楽しめた。検索すると手厳しい情報がヒット。コンサルタント業界のナカの人は100%存じ上げている(と思う)某大御所先生と並んだ写真を発見。ああ、見る人が見ると、「ああ、なるほどね」と判定されてしまうかもしれない。ビミョーって便利な表現だ。

A先生がおっしゃる見解をB先生は全力で否定してもおかしくない。見解の範疇が治療技術の場合、否定の基準は優劣に依拠されるみたいだから、否定の仕方が激しい。たとえA先生は自信満々であっても、B先生は治療技術の優位性を誇示してダメ出しする。そういったシーンはあちこちにあると思う。

他方、見解の範疇が治療技術じゃなく仮説? 概念? みたいな領域だと、それは医療じゃないよと強烈な批判を浴びせる感じの論調。科学と疑似科学の仕訳に似てるかってイメージを一般人の自分は抱く。

言った、喋った、伝言した、伝える.... などなどの行為はちゃんと単語を発声してる。だけど、それぞれの単語の意味は計り知れない。例えば、会話の途中、"認識"と発声したとき、両者が理解する"認識"の意味が完璧に一致するなんて少ない。

だから、「伝える」と「伝わる」は異なると理解できてるはずなのに、「伝える」と「伝わる」の距離は限りなく近くであってほしいって願ってしまう。その願いが希釈された「伝わる」が、「ああ、あの件、伝えておいたよ」の「伝える」で、これは、伝言したよ、に置き換えられて、おまけに、「99%伝わってる」と解釈できてる。「伝えるー伝わる」、ーの距離が短い、ほぼリンクしているニュアンス。

一つ一つの単語の意味、それらが接合された文章の意味、文脈の意味、そして物語全体の意味、意味は一次元ではなく、意味がメタになって多次元な世界だ。多次元の世界から自分は理解できる意味をナイフで切り取ってくる。ナイフは感情や経験、思考の仕方、機能ナイフなら語彙力とか。切れ味鈍いナイフを駆使して切り取った意味は、相手が望む(相手が伝えたと認識する)構図ではなく、事態は複雑系、バタフライエフェクト。

医療のナイフを持つ人は、代替医療のナイフを持ちたくないかもしれない。あるいは、一つの機能ナイフとして手に入れる人もいるかも。また、患者であれば、医療と代替医療のナイフを手に入れたけど、やっぱり不安で宗教のナイフを購入することもあると思う。先生は医療で世界を切り取り、僕は宗教で世界を切り取ったらどうしたらいいのだろう。

伝えると伝わる、待つ、それらは主観だ。自分以外の人が観察すれば、伝えても伝わったとも、待っているとも表現できないかもしれない。ナイフも同じ。多次元の世界を自分のナイフで意味を切り取り、次元を少しずつ下げていく。多次元から低次元へ下がるプロセスは主観。

主観とナイフを世界へ表現すればいい。なにより行動すればいい。でもナイフは対象を切り裂ける。たとえ、僕が持つとても悪い切れ味のナイフでも対象を切り裂き、カンタンに傷つける。

流出

2010.04.27 雨

WPの制作。WPにのめり込んでいるから、WPをアゲたくなる。WPでサイトを制作すると、携帯,iPhone,iPadなどからのアクセスはちゃんと表示できる。プラグインとJSを駆使すれば、問い合わせ, マップ, ページ管理, SEOがパッケージ化できるから、効率よくマネジメントできる。商品やサービスを変更したとき、サイトやナビゲーションの設計変更にまつわる対応はフレキシブル。ブログとページを明確に峻別して、かつ、一体感を演出できる。すごいよいCMSだと思う。

日大で個人情報が流出した。新聞サイトが報じたので事実確認できたのだろう。ただ、新聞サイトの報道を読むと、個人情報の中身はかなり抑制されているな。ネットはすでに祭りで、とんでもないって書くのもカワイイぐらいの個人情報が晒されている。シェアの中身が空想の物語じゃなく当人の記録なら日大医学部は腐敗をスルーして事実は小説より奇なりも真っ青な出来事が日常茶飯事でお茶漬けかよっ。

シェアにうぷされたので、たぶん二度と回収できないだろう。アングラ系はもとより週刊誌のライタはそれを手に入れられるし、電車の中吊り広告キャッチを今から考えている専門職もいるな。

キンタマやキンタマ関連ワームの感染祭を眺めるたびに発火するニューロン。なんで、交換するPCに対策してないんだろうって思う。LANを物理的に切り離して真っ白なHDDに交換だけインスコしてあとは何も残さず専用真っ新PCを立てる、とか対策してないんだろか。一度うぷされた流出は二度と消せないリアルを持ってないんだろうか。2点が毎度シナプス。

自分はそういった手間がメンドイのでもうやってないし、次から次と進化する交換系は追いかけられなくなったので、シェアやCabosから野良を落としてない。Cabosが違法じゃなくて、野良を落とすのが違法であって、そのあたり、報道は交換や共有のソフトへ誤解を与えている。

17:00 F社のH氏と飲食ミーティング。21:00前に終了。H氏は、「シンクセルくんのブログを読んだり打ち合わせすると考えさせられる」と評価してくださった。自分の視点は自覚できても比較できない。評価は他者の手元にある。○な評価に凸、×な評価に凹、○×評価に律して耐えられる時もあったとしても、不動心からほど遠く、常に心は不安で揺れ動く。

H氏を鏡にすると自明が現れる。人は自分の視点が承認されたとき、不安の皮を一枚剥ける。中にある自信の実をつかみ取るため。他者の存在は、自信の実を包み込む不安の皮を剥いてくれる。他者の承認。他者の承認がもたらす効力をH氏は気づかせてくださった。

H氏を鏡にした時、もう一つの自明が現れる。相手に承認を明瞭に伝えること、自身の想いを表現すること。伝達と表現の源はよりよい関係をリンクさせてたい熱意、対話への情熱。H氏が承認を明瞭に伝えてくださり、ご自身の想いを表現してくださったから、17:00までと違う自分が今ここにいる。

H氏の視点と自分の視点、起点の差異を互いが認識できたとき、新しい着眼と発想が対話の中から生まれる。着眼と発想は思考へ誘導する。

2010/04/27

流通

2010.04.26 晴れ

F社のログ解析とページ制作。先方からページの意見がまだメールされてこないので、他のタスクにとりかかる。SEO沈思黙考。テクニックを理解できても実践は別。 さらに結果の検証方法も経験を積まないと。テクニックの理論と実践と検証方法、それらは直列と思っているんだけど、違う様相を見せたり。ああ、ややこしい。例えば、自分のサイトの場合、ドメイン"thinksell.net" をホスト名"www"と"blog"で運用してる。wwwはデザインリニューアル中で更新を小休止。二つのサイトのアクセスが月毎に増減しているような。wwwのアクセスが多い月は、blogが少ない、これがほぼ1ヶ月続き、翌月入れ替わる。たぶん、気のせい、科学的なアプローチじゃなく、単なる感覚だけど、こういったよくわからない要素がやっかい。

職安のDB, 38歳、営業経験なし, 普通免許取得(ほとんど運転していない)となると、DBの検索は、自嘲ヒット。資格や経験、中途採用、新卒などいろんなタームが空中浮遊。タームがヒトを選別。さぁ、そのシステムのバグを発見して、どうつつくか。

大手量販店のサイトからMacを購入できなくなった。どのサイトでもAppleの意向と説明してある。店舗販売は今までどおり。ネットでは賛否両論、比率は否が多し。調子に乗るな、宗教、今に痛い目に遭うなどなど。先頃のiPhone OS 4 SDKの規約変更もあって、ただいまAppleは批難先。

Apple米国本社副社長を務めた方のツイートによると、かつて日本法人は、「1997年12月3日から1999年9月までの改革で、全国3,500の取扱店を、98店舗に減らし、流通コストを圧倒的に削減した。そして製品価格を大幅に引き下げた」との由。公取の調査を受けて最後はよくここまで改革しましたねとの評価を受けたとか。

今回の大手量販店のサイトへの「意向」は何なのか、ユーザは推測するしかない。推測と情報収集から自分の感想を出力したら、出力先に感情が付加されて、賛否が発生する。事実を確認できないのでつらい。自分は製品を良いと判断しているので買うな(信者と評価されるけど....)。

改革(って単語は忌み嫌われるようになりつつあるかも)や急激な変化は受け入れられにくい。ユニクロも当初はさんざんこき下ろされた。推理小説や小説でも、革新的なプロットやアイデアでデビューしたら批判されまくり。でも、それがやがて受け入れられる、違うかな、チープな言い方すれば、時代が追いつく(うわ、すごい陳腐)と、彼、彼女たちを追いかけはじめる。

報道は推測と事実の後追い。THE UNITの第1シーズン 第1話の言葉、「ニュースに真実なし」は的のど真ん中でなくても中心からわずかに外れたポイントを射ている。(情報ソースの秘匿は絶対、は異論なしだけど)推測で書いたり、過去の事実と現在を対比させて、故意に歪曲を浮かび上がらせたりするような報道のテンプレート表現を解読せずに読んでしまうと、とてもアブナイ。

推測と意見と事実、それを峻別したいけど、あいにくその能力を自分は持ち合わせていない。もどかしい。だから、情報にアクセスするときは、充分な車間距離を保っていないと、こっちの頭がさらにバカにされちゃう。限られた、おまけにポテンシャルを期待できないリソースがますます減っちまう。

書店で 『歯は命とつながる臓器―それは、脳のセンサーでもある』 村津 和正 を購入。今からとても楽しみ。